フラマンタスの刃62
アンデット化したトロルの咆哮が周辺一帯を震撼させる。
「どうにか首を落とすぞ!」
「了解!」
マグナスはそう言い、フラマンタスは頷いた。
フラマンタス、マグナス、コモド、ダニエル、そしてアネーリオ少年は散開したが、トロルの右腕の触手が鞭の如く唸り、一同を薙ぎ払った。
それぞれ、屈んで避けたが、トロルは味を占めたのか、そもそもアンデット化してそこまで知能があるものなのか、触手を振るい続けた。
私ならどうにか受け止められる。
フラマンタスは寝転ぶ様に屈みながらそう思ったが、途端にギュネに叱られたことを思い出した。
ここでもしも負傷すればそれこそ皆の迷惑か。だが、どう攻める!?
と、マグナスが剣を掲げた。
触手は十字剣をしならせ巻き付いた。
「今だ、行けっ!」
マグナスの大音声が響くや、フラマンタスは踏み込んでいた。
フラマンタスの一撃をトロルは左手を開いて防いだ。剣は深々と切れ込みを入れて止まった。
その時、フラマンタスの肩を踏んで跳躍する者がいた。
見上げればコモドがゾンビトロルの首の後ろに身を乗り出し、今、深々と長剣を突き刺した。
剣は貫通し、鮮血が降り注いだ。
「これで、終わりよ、ねん!」
コモドの剣はトロルの首を半ばまで裂いたかと思うと、左右に振るわれ、トロルの首を落とした。
「やった」
ダニエルの声がする。
首を失った大きな胴体が倒れる。軽く近場の木々が揺れた。
「皆、御苦労だった」
マグナスが剣を振り払って歩んで来る。戦士達は合流した。
「ギュネっち、マリちー、もうダイジョブよん」
コモドが声を上げると、ギュネに手を引かれ、マリアンヌ姫が歩んで来た。だが、様子がおかしかった。マリアンヌ姫は俯き、肩を震わせ、ギュネは彼女を慰めるように見ていた。
だが、二人は歩んで来た。そして到着した。
「姫、終わりました」
マグナスが言うと、マリアンヌ姫は顔を上げた。その顔は涙に濡れ、マグナスを睨み付けていた。
「マグナス! 何故、あの人達を殺したのです!?」
マリアンヌ姫が怒号を飛ばし、指さした先には、盗賊となってしまった者達の亡骸があった。
「老人に、女性に、子供まで。男の人だって、話せばきっと解ってくれました! それにあなたは手加減できたはず、何故そうしなかったのです!?」
彼らを殺したのは隊長だった。マリアンヌ姫の涙と怒りにフラマンタスは戸惑っていた。
「姫、敵は総勢三十人。素人集団だとしても侮ってはいけません」
マグナスが応じる。フラマンタスもマグナスと同じ意見だった。だが、結果を見れば分かる。隊長は民を殺戮したのだ。少なくともマリアンヌ姫にはそう見えたし、思えたのだろう。
「マグナス」
姫はまるで縋る様に隊長を見上げた。
「あなたはどうしてしまったのです!? 私の知るあなたはこんな残虐な仕打ちをする人じゃ無かった!」
全員の注目がマグナスに集まる。マグナスは表情を硬くして応じた。
「それは姫、あなたが思い描く私の幻影です。生来の私はただいま御覧になられた通りの者。それこそが、生粋のマグナスという人物なのです」
「マグナス!」
姫がまるで悲鳴のような声を上げた。
マグナスは敬礼した。
「申し訳ありませんが、あなたの望むマグナスで無い以上、要らぬ軋轢を生むことになるでしょう。私はこれでお暇をいただきます」
そのマグナスの目がフラマンタスをチラリと見た。
そうしてマグナスは背を向けた。
「マグナス!」
姫が呼ぶがマグナスは歩み続ける。姫はガクリと両膝をついた。ギュネが優しく抱きしめた。
フラマンタスはマグナスの後を追った。
マグナスは待っていた。
「隊長」
「それは今日からお前が名乗れ。ヒューじいさんも追いつく。フラマンタス、皆を率いてくれ。頼むぞ」
「あなたはどうするのですか?」
「目的は同じだが、私は私で別に目指す。私には救わねばならぬ人がいるからな」
「クシルスト姫と言う方ですか?」
フラマンタスの問いにマグナスは頷いた。真剣な表情は崩れない。
「ではな、幸運を祈る」
マグナスは背を向けて歩き去って行ってしまった。
戻ると仲間達が待っていた。
「フラ兄ちゃん、隊長は?」
アネーリオ少年が駆けつけて来た。
「もう行ってしまったよ。残念だが」
フラマンタスは少年がマグナスを慕っていたことを思い出し、慰めようと言葉を探したが、その必要は無かった。
「俺、マグナス隊長に怒ってる。勝手に入って来て、マリアンヌお姉ちゃんを泣かせて、出て行くんだもん。隊長は強くて優しかったけど、自分勝手で最低だ」
少年の憤りもその理由を聴きもっともだと思った。
そしてフラマンタスは自分に更に与えられた使命を思い出す。
「みんな、遺体を油で燃やして。それから朝食をとって出発だ。水の補給は忘れないように」
彼の言葉に反応はそれぞれだった。
コモドはただニコリとして頷き、ダニエルは敬礼し、アネーリオ少年は力強く頷く。ギュネは泣いている姫を慰めていた。
男達がそれぞれ作業に取り掛かる。コモドがダニエルとアネーリオ少年を茶化す声が背後に聴こえた。
フラマンタスは姫の元へ歩んだ。
「フラマンタス」
ギュネが戸惑ったように名を口にした。マリアンヌ姫はまだ嗚咽を漏らしていた。
「姫、そのままで構いません。聴いてください。今日からこの隊は私が預かることにしました。至らぬ点はあるかと思いますが、よろしくお見知りおきください」
「ええ、お願いします」
姫は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げた。それでも力強い声で言ってくれた。
「マグナスのことは忘れます。フラマンタスさん、私達を導いて下さい」
「お任せ下さい」
フラマンタスは頷いた。
「私も埋葬のお手伝いをしてきます」
マリアンヌ姫はそう言って駆けて行った。
あとにはギュネが残る。
静かな目がフラマンタスに向けられていた。その目をフラマンタスは見つめ返す。
「あなたが隊長になったのね」
「ええ、そうです。荷が重いなどとは言ってられません。兵卒上がりの正規の教会戦士もここでは私一人ですから。それに真紅の屍術師は私を狙って仕掛けてきている。ならば、みんなの後ろに隠れていないで堂々と最前列で奴の悪行と対峙します」
「うん」
ギュネは静かに頷いて去って行った。そして仲間達の作業に加わった。
フラマンタスは大きく息を吐いた。緊張と恐れが身体の骨の髄まで駆け巡る。前者は隊長として自分が最善を尽くして機能できるか、後者は仲間達の命を預かるという重みを感じ取ったための、その重み故の震えであった。
だが、と思う。
マグナスに会うまでは自分が一同を導いていたのだ。それが戻ってきたに過ぎないのではないか。
楽観視はできないが、その経験を糧として、縁ある仲間達を率いて真紅の屍術師に挑む。
「大丈夫、上手くいくわ」
不意に声を掛けられた。ギュネがこちらを振り返り、頷いていた。
「ありがとう、ギュネさん」
フラマンタスは礼を述べ、さっそく隊長として埋葬の指揮を取るべく歩み出したのであった。




