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フラマンタスの刃60

 その日の夜は暑かったが、皆の気分が良かったようだ。

 川のせせらぎの隣で即席の石造りのかまどを囲み、三日月と星々の下、どことない安心感が漂っている。何故だろうか、フラマンタスはそう思っていたが、答えは出なかった。これまでも野宿はしたが、これほど解放感に溢れることは無かった。

 夕刻、陽が落ち始めているというのに、コモドが釣り道具を拵えて、アネーリオ少年とともに川魚を釣り上げた。見事なイワナだ。彼は携帯していた岩塩を削り、振りかけて塗り込み魚を焼いた。

 食事の際は、思いの外、話が弾み、懐中時計が夜十時を過ぎると、そこでお開きとなった。

 山小屋の中には布団が畳まれて収納の中に用意されていた。

 まるで旅行に来ているような気分だった。仄暗い燭台の灯りは眠りを誘うようにも思えた。それを見るまでは。

 ギュネが五つ目の布団を広げたところ、おかしなものがあった。白い清潔そうな布団に染みがあったのだ。まだらになっている。真新しい物ではなかったが、それは明らかに血だった。

 途端に空気が変わる。

「姫様とギュネさん、アネーリオ君は寝ていて下さい」

 マグナスが努めて声を穏やかにしているのを聴いた。

 フラマンタスらは外に出る。夜警の任だ。だんだんいつも通りの空気になるのを感じた。

 そこでフラマンタスは夕方に周囲から感じた殺気について思い出した。進言すべきか迷ったが、マグナス、コモド、ダニエルに話した。

「気のせいだと良いが。ひとまず、私とダニエルが最初の番に就く。フラマンタスとコモド殿は未明から交代だ」

 マグナスが言った。

 小屋に戻ると開け放たれた窓から川の涼しい風が通り抜けていた。

 アネーリオ少年とマリアンヌ姫は既に眠っていた。

「聴こえたけど、来るかしら?」

 ギュネが布団の上で半身だけを起こして尋ねてきた。

「占ってみたら?」

 コモドが言うとギュネは気分を害したようにソッポを向いて布団に横になった。

「悪かったわね、インチキ占い師で」

 そうしてフラマンタスとコモドも休んだ。



 2



 予定通り、未明にフラマンタスとコモドは起きた。おおよその時間を身体が覚えてしまっている。程なくしてマグナスとダニエルが入って来た。

「異常なし。だが、警戒してくれ。黒の乗り手のこともある」

 マグナスとダニエルと交代してコモドと二人、外に出た。川のせせらぎと夏の虫の声しか聴こえない。澄んだ空気が肺に美味かった。

 二人は小屋の前に座った。

「こうも眠りやすいの久々だから、もっと寝ていたかったな」

 コモドがぼやく。フラマンタスは心の中で苦笑した。いつも簡単に眠るくせにと。

 時間は小川のせせらぎのようにゆっくり流れて行く。二人は無言だった。

 だが不意に、コモドが声を上げた。

「フラちゃん伏せて!」

 言われるがまま、その必死な声にフラマンタスは従った。

 風切り音が聴こえたと思った瞬間、頭上を黒い影が通り過ぎ、小屋の扉に矢が一本突き立った。

 しかし、それではすまなかった。今度は次々と矢が射込まれた。相手にはこちらの姿がはっきりと見えている。篝火すら焚いていないというのに。コモドと共に、避けながらいると、小川の深みをざぶざぶ進んで来る足音が聴こえた。

「コモド」

「おうさ」

 傭兵コモドは扉を開け、中で声を上げた。

「敵襲!」

 フラマンタスは迷いなく進んで来る足音の数を聴き分けようとしたが、水の音で掻き消されていた。だが、複数人いることはわかった。

 マグナスとダニエルが飛び出てくる。

「規模は?」

「把握できません」

 川岸に着いた敵の影を見た。月光を凶刃が反射する。

「お前達に、恨みは無いが死んでもらおう!」

 声が轟いた。壮年の男の声のようにも思えた。

「ゆけっ、テッド!」

 男の声と共に馴染みある鼻詰まった声が聴こえた。トロルのものだとすぐに分かった。

 石ころを蹴飛ばし、月を背にトロルが一体立ち塞がった。

 トロルは棍棒を振り回した。重たい風の音色が眼前を過ぎる。

「テッド! 小屋を傷つけるなよ!」

 先ほどの壮年の男の様な声が聴こえた。

 テッドとはトロルのことだろう。名前まで付けて、飼い慣らしているようだ。

 棍棒が大地を穿つ。凄まじい音だった。

「金目の物を置いて行くなら見逃してやろう」

 敵が言った。勿論トロルが人の言葉を話せるわけがなく、男の声だ。

 テッドは我武者羅に暴れまわったが、こちらは場数を踏んだ者達ばかり、ダニエルだってもう立派な戦士の域を超えている。

 正面の扉を死守していたダニエルが、勇気を見せ、咆哮を上げて、トロルに斬りかかった。

 どうなったのかは分からないが、トロルが悲痛な声を上げた。

「右腕を断ちました!」

 ダニエルが言うと、フラマンタスとマグナスも勇躍して、マグナスの剣がトロルの胸を貫いた。

 ガボガボと断末魔の声を残してトロルは倒れた。

「テッド!?」

「おっと、逃がさないよ!」

 コモドの声がし、ダニエルが松明に火を点ける。

 すると、猟師風の男を羽交い絞めにするコモドの姿が見えた。

「放せ! 放せ!」

「放すわけないじゃんよ」

 コモドが不敵に応じる。

 マリアンヌ姫達も外に出て来た。

「くそっ、こんなはずでは」

 猟師風の襲撃者はそう言い、観念した。

「お前は何者だ?」

 尋問が始まる。マグナスが低い声で問う。

「俺はただの猟師だ」

「狩ったのは獣だけではないのだろう? 罪深き男よ」

 マグナスが言うと猟師は開き直ったのか笑い出した。

「そうさ、こうやって山小屋を綺麗にしておけば大抵の人間は一晩明かそうとする。それを狙って金品を奪うのが俺とテッドのやり方だ」

 やけっぱちになったのか男はまるで誇るようにそう叫んだ。

「猟師じゃ無いよ。そういうの、盗賊って言うんでしょ?」

 コモドが呆れたように言った。

「人の命まで奪ってきたのだろう?」

 続いてダニエルが詰問する。

 男は、再び狂ったように笑い出した。

「テッドは死んだ! お前達に殺された!」

 突然男は立ち上がり、コモドを振り払って、隠し持っていた短剣を振り回した。

「道連れだ!」

 男は真っすぐマリアンヌ姫目掛けて突進した。

「死ねやああっ!」

 突き出した短剣が、小盾に阻まれる。そしてアネーリオ少年は十字短剣で男の腕を切り裂いた。

「ぎゃっ!?」

 男が声を上げる。

 すかさずフラマンタスとマグナスは男を抑え込んだ。

「コモド! 縄を!」

 フラマンタスが言うと、コモドはダニエルと協力し暴れもがく男の両手を後ろ手に縛った。

「くそっ! くそっ! テッド! ああああっ!」

 夜空に男の無念の慟哭が響いたのであった。

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