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フラマンタスの刃59

 太陽が激高しているのかと思うほどの異常な日照りが続くかと思うと、雨雲が現われ一挙に周辺に水溜まりを残して消えて行く。

 夏の旅路は体力と根性との勝負だった。ましてや、露出している部分は無い。服の上に皆がそれぞれの鎧を身に着けている。マリアンヌ姫とダニエルが危うい感じだった。

 最後尾のフラマンタスはそれを見て、隊長に注進した。

「どこか木陰で休みましょう」

 マグナスはさすがに鍛えられているだけあって玉の様な汗を滴らせながらも笑顔を残せる余裕がある。

「すまない、つい、先を急いでしまった」

 マグナスはそう謝罪する。

「どこかで休めるところは無いだろうか」

 ずぶ濡れになったが再び出て来た日差しによって服は乾いている。

 そのまま惰性で歩いていると、古めかしい木の看板が見えた。矢印が記されていて茂みに小道が続いていた。

「この先、野宿場所あり」

 コモドが読んだ。

 前方から人とすれ違わないため、きっと先ではゾンビが待ち構えているだろう。あるいは次の人里まで距離があるのだろうか。陽も午後の五時になり少しだけだが柔らいでいる。だが、今夜もまた寝苦しい夜となるだろう。

「わざわざこう親切に書いてるのですから山小屋のようなものがあるんでしょうか?」

 ダニエルが今にも倒れそうなほどよろめていた。フラマンタスは彼を支えた。実は水も尽きている。袋いっぱいに補充したはずが、この気候で飲み切ってしまった。

「山小屋か。今日ももう遅い。行って見ようか。姫様?」

 マグナスが了承を得るために尋ねた時、マリアンヌ姫はギュネに支えられて頷いた。

 軽い熱中症になりかけている。

「決まりだ、行こう」

 マグナスが歩き始める。不意にフラマンタスは違和感を覚えた。隊長ならマリアンヌ姫を背負う気遣いを見せると思った。相思相愛だと思っていたのは俺の見当違いか? そう思っていた時にマグナスが声を掛けた。

「姫、歩けますか?」

「え、ええ、私は大丈夫です」

「大丈夫じゃないでしょう。フラマンタス、姫様をおぶってあげて」

 ギュネが言い、フラマンタスは頷いた。

「すみません」

「良いんですよ。荷物はアネーリオ君が持ってくれるそうです」

 フラマンタスは彼女を背負った。マグナスが何か言いたそうな顔をしていたが、前を向いた。フラマンタスはその態度が気に障った。隊長は姫様を愛しているわけではないのか?

 そのまま隊列は木々の緑のアーチを潜ってゆく。木陰が続く中、川のせせらぐ音が聴こえた。

 五分ほど歩いて着いたところには小川が流れ、ダニエルの予想通り小屋が一軒建っていた。

 フラマンタスはマリアンヌ姫を背負ったまま大小の石が転がる川原に近づき、姫を下ろした。

 マリアンヌ姫は靴を脱いで足を川の中に入れた。

「冷たい」

 彼女はそう言って微笑んだ。

「いやぁ、ありがたい。生き返りますね」

 ダニエルが隣に並んで屈んで川の水で顔を洗っていた。

 フラマンタスは振り返った。

 残る仲間達は小屋の中を覗いていた。

 アネーリオ少年が駆けて来た。

「誰もいないよ」

「そうかい。今夜はここを貸し切りにできるな」

 フラマンタスが言うと、少年はマリアンヌ姫を見た。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「うん、少しだけ楽になったよ」

 マリアンヌ姫が答えると少年はフラマンタスを見上げた。

「薪もあるから拾いに行く必要も無いってさ」

「助かるな」

「そうだよね。ここの持ち主の人は親切だよね」

 そうこうしているうちに、コモドとギュネがやって来た。

「かまどは無いから自分達で作らなきゃ駄目みたいね」

 コモドはそう言うと石を集め始めた。ギュネも続いた。マリアンヌ姫とダニエルは疲れ切った顔でそれを見ている。フラマンタスはマグナスの帰りが遅いのが気になり、小屋へと足を運んだ。

 ニスの塗られた木の床が目に入った。マグナスはそこに腰かけ考えに耽っているようだった。

「隊長」

 フラマンタスが言うとマグナスは顔を上げた。

「どうかしたのですか?」

「いや、何でも無い。少し暑さにやられたかな」

 マグナスはそう言った。

 不意にフラマンタスはマリアンヌ姫に対する態度が変わってしまったことに対して尋ねてみたい気持ちになった。男女の関係だと何かデリケートな問題があるのかもしれないが、フラマンタスは踏み込んだ。

「マリアンヌ姫は苦しそうでした」

「ああ、この日差し。馬でも調達すればよかったな」

 マグナスの答えに隠れているのものは無さそうだった。

「恐れながら、隊長は姫様のことをお好きなのだと思っておりましたが」

「お見通しか。私自身も戸惑っているが、私には他に思い人がいることが分かった」

「分かった?」

「ああ。イシュタルさんが私の記憶を呼び起こしてくれた。その中に確かに存在していた。誰もが忘れてしまった勇敢な女性、クシルスト姫のことを」

「クシルスト姫?」

 フラマンタスにはまるで覚えがなかった。

「この旅に終止符が打てれば誰もが彼女を思い出す。私はどこかクシルスト姫の面影をマリアンヌ姫に重ねていたのかもしれない」

 フラマンタスはマグナスが嘘を言っているようには思えなかった。この旅に終止符を打つ。真紅の屍術師を斃すことだ。

「では、マリアンヌ姫様の思いはどうなるんですか?」

「フラマンタス、私はもうマリアンヌ姫を愛せないだろう。私は彼女を見る度、クシルスト姫の幻影を見ている気分になる。それはマリアンヌ姫様に対して失礼極まりないことだ。態度が冷たく見えたのなら、そうならぬように努めよう。一人の仲間として従者として」

 マグナスはそう言うと立ち上がった。

「必ず、真紅の屍術師を討つ」

 マグナスの言葉にフラマンタスは少しだけ逡巡して頷いた。

 姫様が御可哀想だ。そう思ったのだった。

 外に出ると、夏の暮れの中、仲間達が鎧を脱ぎ、ズボンやスカートをたくし上げ、川の浅瀬で水を掛け合っていた。

 マリアンヌ姫も元気にそれに加わっている。

 クシルスト姫か。

 フラマンタスは、突然現れたこの姫がマグナスとマリアンヌ姫の仲を狂わせたことに少々腹立っていた。だが、マグナスが記憶を取り戻さなければ、本当の彼の愛は成立しなかった。

 これでよかったのだ。男はマグナス隊長だけではない。マリアンヌ姫はまだまだ若い。彼女に釣り合う誰かが現れるだろう。失恋の気持ちを考えれば胸中は複雑だが。

「くらえ、コモド旋風!」

 少しだけ深そうなところへ行ったコモドが水を足で蹴ってマリアンヌ姫とギュネにお見舞いした。

「コモド兄ちゃん張り切ってるね!」

 アネーリオ少年が言った。

「服が水でビショビショになったら良いことが待ってるからね」

 コモドが応じた。

 不敬な奴だ。

 フラマンタスは溜息を吐いた。ふと、視線を感じた。

 周辺の森一帯を思わず見回す。殺気を感じたのだが、森は静かなままだった。

 気のせいか。

 フラマンタスは歩み出し、マグナスがかまどを作っているのに手を貸したのだった。

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