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フラマンタスの刃58

 主のいなくなった小料理屋で、残っていた食材を使ってギュネが料理し始めている。

 コモドとダニエルは外で番をし、フラマンタスの隣でアネーリオ少年は疲れてしまったのかカウンターに突っ伏し眠っていた。

 マリアンヌ姫は浮かない顔をしてギュネの料理捌きを見詰めている。

 姫が考えていることは分かる。マグナス隊長のことだろう。相思相愛の仲なのかもしれない。

 扉が開き、鈴の音が鳴った。マグナスが現れた。

「マグナス、もう具合は大丈夫なのですか?」

 マリアンヌ姫が尋ねると、マグナスは微笑んで応じた。

「御心配をお掛けしました」

「良かったです」

 マリアンヌ姫が笑みを返した。

「姿を見せないけど、あのイシュタルとかいう女は良いの?」

 ギュネが包丁でカボチャを切る手を休めて言った。

 そういえばとフラマンタスも気付いた。彼女はここへの移動中に突然姿を消したのだった。最後尾にいた目敏いコモドでさえ、いついなくなったのか分からないということだった。

「大変、そろそろ夜だわ。探さないと」

 マリアンヌ姫が腰を上げるとマグナスが言った。

「彼女はもう戻っては来ないでしょう」

 真剣な顔でどこか遠くを見るような目をしていた。

「どうしてそう思うのです?」

 眼光鋭くマリアンヌ姫が責める様に尋ねた。

「そんな気がするのです」

 マグナスはそう言った。

 だが、その答えで満足できるほど、マリアンヌ姫は非情な人間では無かった。

「ここはフラマンタスさんに任せて、イシュタルさんを探さないと」

 マグナスは止めようという顔をしていたが、姫の優しく責任感ある気質を知ってか、頷いた。

「フラマンタス、ここを頼むぞ」

 マグナスはそう言いマリアンヌ姫と共に外に出て行った。

 コモドとダニエルも捜索隊に加わったらしい。声が聴こえた。

 鍋の煮える音と包丁の規則正しい音だけが後に残った。

「アタシもマグナス隊長と同じ意見よ」

 ギュネが口を開いた。

「と、言われると?」

 フラマンタスは尋ねた。

「あの女、いえ、あの人はもういないわよ。アタシも勘だけどね。でも、また会える気がするわ」

 フラマンタスもそう思った。何故ならイシュタルの目的地は自分達と同じ東の果てにある幻の城というところだからだ。だが、彼女はゾンビに囲まれ窮地に陥っていた。フラマンタスはふと、あれは芝居だったのではないかと思った。イシュタルは謎に包まれた女性だ。それも特別な。彼女には隠している力がある。ゾンビ如きに後れを取るほど無力ではないだろう。しかし、彼女は幻の城に何の用があるのだろうか。真紅の屍術師を単独で討伐するような理由があるのだろうか。フラマンタスは少し考えて止めにした。

 アネーリオ少年が目覚めた。

「ギュネお姉ちゃんが料理当番なんだね」

「そうよ。最初はシェフが体調が悪いって言ってたからね」

「隊長だけに?」

 フラマンタスは思わずそう言っていた。

「つまらないわよ」

 ギュネが仏頂面で応じた。

「あのさ、前から思ってたけど、ギュネお姉ちゃんって、おっぱい大きいよね」

 突然の少年の性的発言にギュネの手が止まった。フラマンタスは思わず茶色のエプロンの下から存在を主張している二つの丘を見た。

「良かったね」

 純粋な笑顔で少年は言った。

「何が良かったのよ?」

「ううん、ミルクたくさん出そうだから、赤ちゃんいっぱいできても大丈夫そうだなって」

 ギュネは少々顔を赤らめていた。その視線が宙を彷徨いフラマンタスの目と交錯する。そして背ける。

「な、何言ってるのよ、このマセガキ!」

 ギュネは包丁を振り上げた。おそらく握っていることすら忘れているのだろう。

「アネーリオ君、女性にそういうことを言ってはいけないよ」

「何で?」

 フラマンタスの言葉に少年は不思議そうな顔をして尋ねてきた。少年としては褒めたつもりなのだろう。

「それが紳士としての嗜みだからだ。もうそういうことは言わないと俺と約束しよう」

「うーん、紳士が何だか分からないけど、隊長やフラ兄ちゃんみたいな人のことを言うなら約束する。俺、最強の戦士と最強の紳士になるよ」

 アネーリオ少年が生真面目な顔で答えたように見えたが、質問は続いた。

「じゃあ、ちんちんの話も紳士的じゃないの?」

「そうだね」

 フラマンタスは多少うろたえて応じた。ここには異性がいるのだ。

「でも、コモド兄ちゃん、お風呂に行くとちんちんの話しかしないよ」

「そ、それはコモドが紳士じゃないからだよ」

 フラマンタスは追い詰められるのを感じながら答える。

「じゃあ、コモド兄ちゃんは、紳士じゃなくてなんなの?」

「そ、それはだね……うーん」

 フラマンタスにはある言葉が思い浮かんだがコモドの名誉を傷つけることになりかねないと思い、喉を唸らせ困っていた。

「変態よ」

 ギュネが溜息を吐く。

 思わぬ援軍にフラマンタスは彼女を見てしまった。

 腰に手を当てギュネの表情はすっかり冷めきっていた。

「変態って言うんだ。そっかー、コモド兄ちゃんは紳士じゃなくて変態なんだ」

 アネーリオ少年が独り言ちているところにギュネがフラマンタスに言った。

「この子の性教育のことも、アンタ達、男組で視野に入れといてね」

「そ、そうですね」

 ギュネは料理の続きに戻り、フラマンタスは隣で変態じゃなくて紳士になるぞと宣言しているアネーリオ少年を横目に見ながら水を啜った。

 性教育か。確かに顔は大人びてはいるけど十三歳だ。そういうことを覚えていく年頃だし、覚えなければならない年頃でもある。誰が適任だろうか。フラマンタスは頭を悩ませた。

 後で隊長に相談してみよう。

 程なくして料理が完成し、マリアンヌ姫達が戻って来た。

「イシュタルさんは旅立たれてしまったようです」

 フラマンタスとギュネを見てマリアンヌ姫が言った。

「ギュネっち腹減った。ご飯できてる? 俺っち、腹減り過ぎてくたばりそう」

「くたばれば?」

 コモドが言うとギュネは冷ややかに言いカウンターに料理を並べ始めた。パンとコールスローと塩漬けの魚とカボチャの煮物に、ジャガイモのスープだった。

「美味しそうですね」

 ダニエルが言った。

 全員が席に座る。

 ギュネの料理は美味しかった。皆が夢中で食事をしている。イシュタルのことを忘れたように。

「みんな、一つおかしな問いをするが聴いてくれ」

 マグナスの心地よい声が静寂を乱すことなく聴こえた。

「クシルストという名前に何か覚えはないか?」

「クシルスト?」

 全員の声が重なり、互いに顔を見合わせ、かぶりを振った。フラマンタスにも覚えがなかった。

「誰なんだい?」

 コモドが問う。

「いや、何でも無いんだ。知らないのならそれで」

 マグナスはそう言い、無理に場を戻すように食事をし始めた。

 その日、宿に入り、黒の乗り手や異変に備えてフラマンタスとマグナス、コモドにダニエルは交代で番をした。だが、何も起きることなく無事に夜を明かした。

 曇りで日が陰り、少しだけ涼しかった。

 そんな中を一行は改めて出立する。平和を取り戻すために、早く、東の果ての幻の城まで行かねばならない。先頭を行くマグナスとアネーリオ少年が楽しそうに会話をしている。年は離れているが兄弟の様だ。隊長の不調ももう心配することも無いだろう。フラマンタスは最後尾でそう安心したのであった。

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