表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/83

フラマンタスの刃57

 掃討は終わった。

 後で合流すると、イシュタルのことでコモドらは驚いていた。

「わぉ、縁があったみたいだね」

 イシュタルがまるで預言者めいたことを言っていたのを思い出したのか、ギュネにダニエルは警戒を崩さないようすだった。だが、そんな中コモドがおどけて言う。

 対するイシュタルはどこか冷めた目線でこちらの仲間達を見ていた。

「こちらはイシュタルさんだ」

 名乗る様子も無かったため、フラマンタスが代わりに紹介した。

 コモドが名乗り返そうとするとイシュタルはやはり冷めた声で言った。

「全員知っているわ」

 ギュネがムッとした顔をしたが、賢明にも言いたいことを引っ込めてくれたようだ。

「ひとまず食事にしましょうか。イシュタルさんも良ければ」

 マリアンヌ姫が誘った。イシュタルは頷きもせず一人を見詰めていた。今まで気づかなかったが、マグナスが片手で頭を押さえて苦しんでいた。

「マグナス? 大丈夫ですか?」

 マリアンヌ姫が驚いて言うとマグナスは応じた。

「姫、申し訳ありません。私は今日はもう休みます」

「頭が痛むのですか?」

「そんなところです。大したことはありません。ですが今日は」

「分かりました。先に宿に戻っていて下さい」

 マリアンヌ姫が励ますように笑みを浮かべて言った。

「申し訳ございません。皆、後は頼むぞ」

 マグナスは背を向けて去って行った。



 2



「マグナス危ないっ!」

 声が明朗になりつつある。女性の声だ。あのイシュタルと出会うとその声ばかりが過ぎる。マグナスはベッドに座り、頭の中の繰り返される声を聴いていた。

 俺には忘れていることがある。忘れてはいけないことだ。すごく大事なことなんだ。マリアンヌ姫の横顔が過ぎる。近い。記憶の断片まで今回はあと少しだ。釣り針の浮きが激しく浮き沈みしている。

「その記憶を呼び起こしてあげますか?」

 不意に声がし、マグナスは立て掛けたあった十字剣を引っ掴んで身構えた。

 そこにはイシュタルが立っていた。

 気配がしなかった。

 イシュタルが緑色の瞳で見つめるとマグナスの両目が焼ける様に痛みだした。

「ぐおおおっ!」

 マグナスは痛みのあまりベッドを転げまわり、床に落ちた。剣は手放していた。

「あなたは只者では無いな!? 一体私の何を知っているというんだ!?」

 痛みに目を押さえ、荒々しい呼吸を整えながらマグナスは声を鋭くし尋ねた。既にイシュタルに対しては敵意を抱いていた。

「その目は最初から赤では無かったはず。今こそ思い出しなさいマグナス。記憶の封印を解いてあげます」

「記憶の封印だと!? それ以上近寄るなら斬る!」

 だが、イシュタルは近寄って来る。剣を振り上げた瞬間、全身に痺れが走り、マグナスはついに剣を落とした。目が痛む。俺の目は最初から赤だった。違うのか? それに記憶の封印だと?

 察してはいた、思い出さなければならないことを。あの声の主が自分にとって大切な人であったことを。

 イシュタルの冷たい手が脂汗を流しているマグナスの額に触れた。



 3



 そうあれは建国戦だった。

 私の上司は教会戦士団副団長、クシルスト姫だった。

 艶やかな黒い髪、そして青い瞳をしていた。

 前方では歩兵部隊が激突している。マグナスはその様子を眺め、叱咤激励していた。

 勝ち戦だった。気が緩んでいた。

 左手の森の中から別動隊が打って出て来た。

「左翼から敵伏兵! みんな、行くぞ!」

 このままだと総大将である国王の近衛隊とぶつかってしまう。クシルスト姫の部隊が駆ける。マグナスも続こうと馬腹を蹴ろうとした時だった。

「マグナス危ないっ!」

 クシルスト姫の声が聴こえた瞬間、物凄い衝撃を首に受け、私は馬から落ちた。

 そうだ。首に矢を受けた。ついていなかった。

「マグナス!」

 クシルスト姫が下馬し私の顔を覗いた。姫の顔が遠く、遠くなってゆく。剣を教え、共に過ごした日々、それももう終わりだ。痛みは無い。だが、身体がやけに冷えて来た。

 これが死か。

 姫様、さようなら。私はあなたのことが――。

 瞼が閉じられようとした時、クシルスト姫が叫んだ。

「神よ! 我が身を捧げます! どうか、どうかお慈悲を! この者の命をお救い下さい!」

 すると哄笑が聴こえた。

 全身を赤い衣で覆い、道化の仮面を着けた男か、女か分からない者が立っていた。

「クシルスト姫、あなたの願いを聴いて差し上げましょう」

 その者が言った瞬間、マグナスは目が燃える様に熱くなった。思わず転げまわり、ようやく痛みが収まったところで立ち上がった。

 そこには上品な馬が一頭いるだけだった。

 つまりクシルスト姫の姿はそこで消えた。


 4



 思い出せた。ベッドに座り、頭を抱えていた。涙が溢れている。クシルスト姫の存在は最初から無かったようにマグナスも王も王妃達も、兵も民もその名と記憶は抹消されていた。

「クシルスト姫……」

「思い出せましたか。あなたの本当の思い人のことを」

 イシュタルは既に手を放し、見下ろして威厳ある声でそう言った。

「奴だ、姫は、真紅の屍術師と取引した」

「全て思い出せたようですね」

「イシュタル殿、あなたは一体何者だ? そして何故私の記憶の封印を破ってくれたのです?」

 マグナスが問うと、イシュタルは表情を崩すことなく応じた。

「真紅の屍術師を追う、その目的に発破をかけただけです。姫は生きています」

「何だって!?」

「幻の城であなたを待っています。今度はあなたが彼女を取り戻す番です。そうすれば、全ての人々の記憶も解放され、皆が彼女を思い出すでしょう。誇り高き教会戦士副団長クシルスト姫の存在を」

 イシュタルは背を向けた。

「イシュタル殿!」

 マグナスは思わず呼び止めていた。身体は震えっぱなしだ。感動と決意で、涙で顔はグシャグシャだ。だが、思い出すことができた。本当の最愛の女性のことを。

「ありがとう」

 マグナスは感極まっていたが冷静に努めて、礼を述べた。

 イシュタルは再び動き出し、扉を開いて無言で出て行った。

 マグナスは涙を拭い、剣を掴んだ。

 真紅の屍術のおかげで俺は生きているようなものだ。

 複雑な感情が入り交じる。

 打倒を掲げていた相手に救われたのだ。

 いや、マグナス。真紅の屍術師は罪人だ。多くの命をもてあそんでいる。私の命とクシルスト姫の命もたまたまそうなっただけのことだろう。

 新たな使命ができた。奴から必ずクシルスト姫を取り返す。

 今やマグナスの心は燃え滾っていた。空腹を覚えた。何事を成すにもまずは食わねばなるまい。彼はベッドから立ち上がり、夕食の支度に取り掛かっているだろう仲間達のもとへと向かったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ