フラマンタスの刃55
「不思議な雰囲気の方でしたね」
食卓は続き、ダニエルが言った。
「そだね。不思議な人だったけど、見事な食い逃げっぷりだったよね」
コモドが応じる。笑う者はいなかった。
「でも、あの方の言うことを信じるとすれば、目的地はあるということですね」
マリアンヌ姫が言い、マグナスを見る。だが、マグナスは彼にしては珍しく呆けたような顔をして前方を直視していた。
2
何の声だ。いや、紛れもなく私の声だ。だが、何故急に思い起こされる。そして結末は何だ?
「左翼から敵伏兵、みんな行くぞ!」
「マグナス危ないっ!」
繰り返される声。場面こそ浮かばなかった上に、覚えがない。ただ重要なのはこの声が間違いなく存在していたこと、この後、マグナス自身はどうなったのかだった。
思い出せない。ただの妄想なのか。だが、思い当たるふしとしては建国戦の時のどこかの記憶だろう。しかし、これだけ鮮明に声を覚えていても自分がいつ言ったのかまでは思い出せなかった。可能性の一つとして嫌な予感だけはしている。
それにあの女性。初めて会う気がしない。どこかで出会っているような気がするのだ。
だが、記憶の糸を手繰り寄せようといくら頑張ってもそれから先には、餌も浮きも勿論、獲物も何もついていない。
「マグナス」
不意に見知った思いを寄せる女性の顔が覗き込み、マグナスは我に返った。
「マリアンヌ姫」
「隊長、アネーリオ君の相手をしてお疲れなのでは無いですか?」
ダニエルが言うと、アネーリオ少年が少しバツが悪そうに顔をしかめた。
「いいや、そんなことはない。アネーリオ君、君には何の責任も咎も無いよ。君ほど教え甲斐のある隊員は初めてだ」
マグナスは少年を気遣い、少しだけ色を付けて応じた。
「え!? 隊員!?」
アネーリオ少年が驚きと喜びの入り交じった顔をする。マグナスは頷いた。
「そうだ、君は立派な隊員だ。私達は君を戦力として数えているんだよ」
「本当に!?」
アネーリオ少年が周囲の仲間達を見て、マリアンヌ姫が頷くのを見てその笑顔は確信へと変わった。
「飛び膝蹴りはもとより、盾と剣の使い方が見違えるほど良くなった。それに体力もあるし、あてにしているよ」
マグナスはマリアンヌ姫の顔の様子を見てから、アネーリオ少年に言った。少年は喜んでいた。
「隊長、先ほどの女性でしたが」
ダニエルが切り出す。
「ああ、うむ」
脳裏を声が過ぎる。「マグナス、危ないっ!?」
私に何があったんだ?
マリアンヌ姫が口を開いた。
「真紅の屍術師が東の果て、幻の城というところにいるという情報です。私はあの名前の知らない占い師の方の言葉に嘘は無いように思います」
マグナスは呼び起こされる声を締め出そうと努めながら考える。あの女性の言うことは何故だか、私も信憑性があると思う。だが、それには理由があるようにも思えるのだが、それが思い出せなかった。そのため、頷いて肯定した。
「ええ、確かに。嘘を言う方では無さそうです」
「美人だから?」
コモドが口を挟んだ。
途端にマリアンヌ姫の顔が曇った。疑惑の目をこちらに向けている。
「姫、違います! コモド殿、確かにあの方は綺麗な方だったが、それが理由で納得したわけではない」
「そうですか。でも、これで旅の終わりが見えてきましたね」
マリアンヌ姫が気を取り直した様に言う。
フラマンタスが頷いていた。
「そうですね、姫様。ただし、油断はできません。黒の乗り手の存在もありますし、行く先でゾンビが待ち受けているかもしれません」
「マグナス。それは勿論、分かっています。気を抜くことはできません。私達は今や災厄そのものです。なるべく早くその幻の城まで行きましょう」
マリアンヌ姫が言い、一同は頷いた。
3
夜も更けた頃、既に人気の無い村には虫よりも静かな気配があった。
あの緑色の髪の女がフラマンタスらが泊っている宿を見上げていた。頭巾をかぶり闇と一体になっている。その隣には黒の乗り手が二人、大きな馬の背の上で同じ方向を眺めていた。
「あなた方の出番はまだです。然るべく運命の道に彼が導いてくれます」
女性がそう言うと黒の乗り手達は馬上で何をすることも無く姿を消した。
「フラマンタス。見事、運命を跳ね除けていますね。さぁ、私を殺して見せるのです」
その声が終わるや、女性もまた姿を消した。
偶然、道端で寝ていた酔っ払いが一瞬目を開けてその姿を目撃していたが、彼はすぐに寝入ってしまい、黒の乗り手のことも女性のことも彼が生涯思い出せる範囲の記憶には残らなかった。
4
ヒューを待つべきか決めあぐねていたが、まるで調子が戻ったかのようなマグナスが言った。
「ヒューじいさんなら我々がどこへ居ようとも追いついてくるでしょう。我々の目的は東の果て、幻の城。まだ道はあります。町も村も。何が起こるか分かりませんが、我々は進まなければなりません」
「そうですね、マグナス。昨日の占い師の方と出会えたのは運が良かったのかもしれません」
マリアンヌ姫が少し興奮気味に言った。
フラマンタスはその占い師にもっともっと詳しく道を示して欲しかったが、それを言うと、ギュネが応じた。
「一見すると抽象的だったように聴こえるけど、あれだけ具体的に言える占い師なんてそうそういるものではないわ。つまりもう最高の情報を得たわけよ」
「と、インチキ占い師のギュネっちが申しております」
コモドが茶々を入れる。
「悪かったわね、インチキで」
一同は笑い、そうしてマグナスが声を上げる。
「では、行こうか。東の果てへ」
フラマンタス達はぞろぞろと歩き始めた。こうして目的へ向けての彼らの出発は始まったのであった。




