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フラマンタスの刃54

 本格的な夏の到来だ。

 照りつける日差しは強く、それだけで体力と気力を奪う。鎧の下に着ている服は既に汗でびっしょりだ。不測の事態が起きる可能性があるため、鎧を脱ぐわけにはいかない。一番文句を垂れそうなコモドが颯爽と歩んでいるのは意外だった。そして、マグナスは勿論、マリアンヌ姫、ダニエル、アネーリオ少年、ギュネ、みんな頑張っている。

 そんな午後に一行は幌馬車とすれ違った。

「もうし、そこの方!」

 マグナスはそう言ってすれ違う旅人に声を掛け、彼らの向かう先が無人であることを告げた。この辺りに来ると、教会戦士の十字剣も証としては役に立たないときもあった。マグナスは苦労して努めて冷静に忠告をする。旅人や行商人達は半信半疑の様子で、むしろこちらの一行を訝しむ様子で行ってしまう。

 収穫としてはこの先に村があることが分かったことだろう。マリアンヌ姫とギュネは気丈にも汗にまみれつつ、弱音を吐かず行軍に参加していた。アネーリオ少年は元気で、ダニエルは少々疲労が蓄積してきたらしい、問いには笑顔で応じるが言葉が少なかった。

「ああ、水浴びしてぇなぁ」

 夏の太陽に負けないような笑顔でコモドが言った。フラマンタスも今なら滝に打たれても良いと思うほどだった。

 村に着く。あちこちに鶏がいた。この暑さだというのに、彼らはコケコケ歩き、鳴き羽ばたいたり土をついばんだりしていた。牛の鳴き声がする。

 村人達はどうやら今のところはゾンビになってはいない。

 マリアンヌ姫とギュネは宿に着くとさっそく銭湯に向かって行った。フラマンタスが護衛に抜擢され、彼も続く。ダニエルは宿のロビーで寛ぎ、コモドはどこかへ出かけて行った。マグナスは、元気なアネーリオ少年の剣の稽古に付き合っている。

 フラマンタスとマリアンヌ姫とギュネが銭湯まで歩んでいると、この暑い中、濃紺の丈の長い胴衣と頭巾をかぶった人とすれ違おうとした。

 だが、相手が足を止め、こちらを窺ったのでフラマンタスは挨拶しようとした。

「あなた方には凶兆が出ています」

 相手は静かな声で言った。頭巾から見える顔は若い女性だった。

「でも、ここなら大丈夫。御安心なさい」

 女性は去って行った。

「占い師ね」

 同業のギュネが言った。

「凶兆ですか。やはり私達の旅には行く手を阻むものが多いようですね」

 マリアンヌ姫が続いて言う。

 そうして振り返ると、そこに女性の姿は無かった。フラマンタス達は唖然とした。

「日差しで溶けたのよ、きっと」

 ギュネが言った。彼女の声は少々イラついているように思えた。

「ここが平穏ならヒューを連れてくるべきでした」

 マリアンヌ姫が後悔したように言った。

 あの女性は何者だろうか。幻影を見たような気分だったが、ギュネに促され、フラマンタスは我に返った。そして銭湯へと土の道歩んで行ったのだった。



 2



「謎の女性か」

 大手居酒屋チェーン店猛牛の里で食卓を囲みながらマグナスが言った。

「占い師のようです。その言葉を鵜呑みにすべきか悩んでいます」

 マリアンヌ姫が応じた。隣では黙々とアネーリオ少年が食事を掻き込んでいた。

「ギュネっちはどう思う? 同業者として」

 コモドが尋ねる。

「アタシのはインチキだから……」

 ギュネが決まり悪そうに答えた。

「やはり警戒の姿勢を崩さない方が良いでしょうか?」

 ダニエルが言った時だった。

 店の扉が開き噂の女性が現れた。

「あ、アイツだわ!」

 ギュネが声を上げる。

 蒸し暑くないのだろうか。やはり厚い胴衣を着、頭巾をかぶっている。

「よぉ、姉ちゃん、俺らと一杯飲まないか?」

 大入りの客達が、まるで本物の女性が現れたと言わんばかりに声を掛け始めた。

「いいえ、私は」

 女性が断ったが、一人の男がその手を掴んで強引に席へ座らせた。

 するとマリアンヌ姫が立ち上がった。

 彼女はツカツカと女性のいる席へと辿り着くと言った。

「この方は嫌がっています」

「何だ、お嬢ちゃん、俺達を怒らせる前に帰りな」

 一国の姫だと知らない男達はまるで相手にしない様子だった。気分を害した言わんばかりの顔を向ける。

「そこの方、行きましょう」

 マリアンヌ姫が女性に言うと、相手は頷いて立ち上がった。

「お、おい! ふざけんな!」

 男性客が声を上げ、酔っているのかマリアンヌ姫の頬を打とうとした。だが、腕は空を切り、渾身のアッパーカットが男を打ちのめした。

 周囲が沈黙する。

「お客さん、荒事だけは御勘弁願います」

 店の男が言う。

「すみません。さぁ、こちらへ」

 マリアンヌ姫に誘われる様に女性は後を付いてきた。

「私の仲間達です。ここなら悪さをする人も近づいてこないでしょう」

 姫が言うと女は一同をゆっくり見渡した。その視線がフラマンタスとぶつかった。フラマンタスは挨拶しようかと思った時には相手は目をそらしていた。

「あなた方には凶兆が出ています。それでも進むことを止めないのですね」

 頭巾を脱ぐと鮮やかだがどこか濃く見える首元まで伸びた緑色の髪が露わになった。切れ長の目は同じく緑で、肌は白かった。鼻筋が通り、薄い唇をしている。確かに世の男性ならば虜になりそうな美女だった。

「私達は王都の教会戦士です。邪悪なる者を討伐するために旅を続けています」

 マグナスが包み隠さず話したのには驚いた。だが、表情が硬かった。謎の女性に対し警戒でもしているのだろうか。しかし、その割には軽く内情を話してもいる。

「紅い光りが見えます。東の果ての幻の城にその姿はあるようです」

 まるでマグナスの話を無視するかのように女性は言った。

「紅い光り? もしや」

 ダニエルが驚いたように言った。

「あなた方が追う、邪悪なる者の影です」

 女性はそう言うとコモドの分のパンを手に取り、契って口に含む。そしてまだ木杯が空のダニエルの物を手に取り、今夜だけとしたワインを少しだけ注いでこれも上品に口にした。

「あなた方の旅に神聖なる光りがありますよう」

 女性は席を立って歩き始めた。

「ちょっと、待ちなさいよ! アンタ、名前は!?」

 ギュネが立ち上がってその背に尋ねる。女性はチラリと振り返った。

「名乗る程の者ではありません。縁があればまたお会いすることになるでしょう」

 静かな声だったが、居酒屋の喧騒の中、その声はまるで、隔てるものも無く透き通っているかのように良く聴こえた。そうして女性は出て行ってしまった。

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