フラマンタスの刃53
規則正しいというよりは、一定の曲を歌っているような鎚の音が屋内から聴こえて来た。
コモドらしい。フラマンタスは一人小さく笑った。
既に二時間が経過している。この静寂の町の中も午後の太陽に照らされている。フラマンタスは鍛冶屋の前で座り込み、コモドへの恩返しに預けられた長剣の刃でも磨こうと思ったが、既に申し分の無い切れ味を刃は示した。不思議な男だな。縁あってここまで来て、これからも進んで行く仲間だが、フラマンタスは初めてコモドという存在にどれほど皆が助けられているか考えていた。
砕けた言葉を使い、おちゃらけて見えるようだが、動きが速く、こうして多様な技を持っている。傭兵になる前のコモドは何をしていたのだろうか。とても気になった。だが、傭兵と言えば脛に傷のある者が多い。以前のことを尋ねるのも無粋なのかもしれない。
そうして夕暮れを過ぎても鎚の踊る音は途絶えることは無かった。
それにしても敵は、黒の乗り手はまた現れるだろう。最近交えた一戦は、相手の思惑は自分達の剣を取り戻すことに他ならなかった。一度斃した相手なのか、それとも新手なのかは分からない。
あの剣を火口のような炉に放り込めば何か分かったのかもしれない。
コモドの作業は一晩中掛かりそうだった。
帰る気配を見せなかったためか、上空を舞うクリス君に案内され、ダニエルが食べ物を運んできた。
「上手くいってますか?」
ダニエルはこんがり焼けたステーキ弁当を届けてくれた。フラマンタスの食欲を考慮してか、木製弁当箱は十五個あった。
「邪魔をするのもと思って成果は確認していないんだ」
フラマンタスが応じるとダニエルは頷いた。
「皆はどうしてる?」
「宿に戻りました。ヒューさんの捻挫が悪化してしまったようなので、姫が薬を塗っています」
「ヒューは驚いただろう?」
「ええ。主と決めた姫様自ら手当てなさって下さって心の中では感極まっているのでは無いでしょうか」
その言葉にフラマンタスは頷いた。
「では、クリス君の視界もそろそろ利かなくなってしまうので私はこれで」
「ああ。食事、ありがとう」
「いいえ。では」
ダニエルは夕暮れの空を行くクリス君の後を歩いて去って行った。
また静かに。いや、建物の中からは鎚の音がする。
気を削ぐようで悪いが。
フラマンタスは扉を開けた。煤のにおいがする。奥の扉は開け放たれ、そこから鎚の音が聴こえて来た。
「コモド、飯にできるか?」
「いんや、手を休めることはできないよ。俺っちなら平気だから先に食べてて良いよ」
「分かった」
フラマンタスは外へ出た。そうして座り込むと箱に入った温かい弁当を一つ開いたのだった。
2
暑さも徐々に調子に乗り始めた夏の深夜にコモドがようやく出て来た。
「終わったよ、フラちゃん」
篝火が器用な傭兵の笑顔を映し出した。そうして両手で持って剣を差し出してきた。
篝火に近づけ、刀身の戻った刃をしげしげと眺める。継ぎ当てた部がどこだか分からなかった。見事な出来栄えだ。
よく戻って来てくれた俺の剣よ。フラマンタスは思わず剣を抱きしめていた。
「ヘヘッ、そこまで喜んでもらえたなら俺っちもやり甲斐があったもんだね」
「ありがとうコモド」
「良いんだよ。そんな事より腹減った」
コモドは箱を漁り弁当箱を手に取った。
翌朝、二人は宿に戻ろうと道を歩いていた。
懐中時計を見る。四時過ぎだ。空は明るくなりつつある。
宿の前でマグナスとアネーリオ少年が見張りについていた。そこに合流する。
コモドの手で蘇った剣を見せると、二人とも驚いていた。
「予想以上の出来栄えだな」
マグナスが唸る。
「すごいや、コモド兄ちゃん」
そうして声を聴き付けたかのように仲間達が次々姿を現した。
「少し早いが飯にしよう。ヒューじいさん、歩けるか?」
「ああ、まぁな」
ヒューにしては気弱な返事に思えた。だが、老戦士は歩き始める。隣にはマリアンヌ姫が付き添った。姫の元気づけるような微笑みにヒューは一礼した。
猛牛の里に着くとマグナスが料理の支度を始めた。
一時間後、焼き立てのパンと、トウモロコシのポタージュスープ、野菜サラダが出来上がった。
「野菜は陰に置いてはありますが、長くはもたないでしょうね」
マグナスが姫に言った。
「そうですか。黒の乗り手という脅威を排除してから進みたかったですが、今日、出立することにしましょう」
マリアンヌ姫が応じる。異論は無かった。そう思ったが、一瞬の静寂の後、ヒューが決まり悪そうに言った。
「姫様、申し訳ありません。私はここに残ろうと思います」
フラマンタスも他の皆も気付いたようだ。
「足が良くないのですね?」
姫が問う。
「ええ。道中足手纏いになります。ここで少し休んだら後を追いますんで」
ヒューの言葉に姫は少しだけ表情を険しくした。
「黒の乗り手が襲って来るかもしれません」
「その時はその時です。戦うか逃げられるだけ逃げるか、分かりませんが、最善は尽くします」
姫がフラマンタスを見た。フラマンタスはすぐに意図を察した。
「ヒュー、俺で良ければ背中に乗せて行こう」
「行軍が滞る。それに今の俺ははっきり言って足手纏いだ」
ヒューが無念そうに言った。その顔を見てマリアンヌ姫は言った。
「分かりました。ヒューの一時離脱を認めましょう。無理せず静養するのですよ」
「はい、姫様。必ず追いつきます」
ヒューは恐縮したように頭を下げた。
荷物をまとめ、旅支度をした一行は東門へと来る。
「お前ら、姫様のことよく頼んだぞ」
ヒューが言うと、マグナスが応じた。
「じいさんこそ、何かあっても必ず生き残っていてくれよ。そして再会しよう」
マグナスが言うと、ヒューは目から涙を流した。
「ちっ、若造が、嬉しいこと言うじゃねぇか」
「ヒュー、お元気で」
マリアンヌ姫が言い、ヒューは敬礼した。
こうしてヒューに見送られ、一同は更に東へと旅立ったのであった。




