フラマンタスの刃49
黒の乗り手は馬があればこそ圧倒的に感じたが、身長は例えばマグナス程で百八十を超えたぐらいと思われる。二メートル五十のフラマンタスは馬を失った乗り手を見降ろす格好だった。
だが、黒の乗り手は薄気味悪い掠れ声を、黒いベールの下で、「シュー、シュー」と上げ両手で握った巨剣を掲げている。骨なのにその膂力を知っているフラマンタスはまともに打ち合うつもりは無かった。
巨剣が薙ぎ払われる。
フラマンタスは後方に飛び退いて避けた。敵の剣が巻き起こしたものは物凄い風圧だった。やはり膂力ではかなわないとフラマンタスは痛感した。
だが、避けてばかりでは戦いにならない。腐りはてたゾンビなら別だが、こいつはもう腐るところがない。待っていても有利に傾くことは無い。
距離を詰めてくる敵の速度は目を見張るものだった。あっという間に間近に接近し剣を一刀両断にする。フラマンタスはこれを避け、この骸骨がただの骸骨で無いことを改めて思い知った。真紅の屍術師が何か呪いを掛けたのだろうか。
乱撃を避け、フラマンタスの背は民家の壁にぶつかった。もう後がない。どうする。
敵も察したようで腰だめに巨剣を繰り出した。
フラマンタスは更にそれを避けた。巨剣は民家の木製の壁に深々と突き刺さった。
今だ!
フラマンタスは踏み込んだ。敵の剣が戻るより早く、剣を薙ぎ、そのそっ首は吹き飛んだ。残る黒い衣装を纏った胴体は崩れ落ちた。巨剣が石畳に転がる。
「フラマンタスさん!」
ダニエルがコモドに肩を貸し歩んで来た。
「二人とも無事か?」
「ええ、まぁ」
歯切れ悪くダニエルが応じた。
「へへへ、おいこらダニーボーイもう一瓶開けちまおうぜ」
なるほど。フラマンタスは呆れた。コモドはすっかり酔い潰れていたのだ。だが、休暇だと決めたのだから仕方が無い。
フラマンタスは敵の衣装を剥いだ。そこには規則正しい骨の胴体があった。
「何です、これは?」
「良い質問だ、新たな脅威ともいうべき黒の乗り手と俺は呼んでいる」
ダニエルの質問にフラマンタスは答えた。
「新たな脅威」
ダニエルの生真面目な顔が蒼白になった。
「こいつは突然現れまして、最初は援軍か旅人かと思ったんですよ。状況を伝えようと思ったら、いきなり」
「そうだな、こいつらは突然現れた」
「ら? 他にもいるんですか?」
ダニエルが取り乱して尋ねて来た。
「ああ。一人は俺が腕を落として敗走させ、もう一体はマリアンヌ姫らを襲っていたところを退治した」
「まだ他にもいそうな雰囲気ですね」
「そうだな」
「それにしてもこの剣」
ダニエルが燃え盛る炎をかたどった様な巨剣に手を伸ばそうとする。
「迂闊に触っちゃいやん」
突然コモドが言った。
フラマンタスとダニエルは驚いてコモドを見た。
「へへへ、俺っちの勘が告げてるよ。そいつは呪われた代物だって」
「コモド、酔いが醒めたのか?」
フラマンタスが問うとコモドはヘラヘラと笑い空の酒瓶を掲げた。
「フラちゃんとギュネっちに!」
「コモドさん、まだ酔ってますね」
ダニエルが呆れ、咎める様に言った。
「まぁ、休暇だ。仕方あるまい。ダニエル、君が飲んでなかったのが幸いだったな」
「私もそう思います」
ダニエルが頷いた。
「この剣は捨て置こう。あとは隊長とアネーリオ君達が心配だ。ダニエル、君はコモドを連れてマリアンヌ姫と合流してくれ」
その言葉にダニエルは表情を青くしたが、一瞬の後に真面目な顔になった。
「分かりました」
すると、頭上で鳴き声がし、猛禽のクリス君が旋回していた。
「案内してくれるということか。ではな、また会おう二人とも」
クリス君が先導し、フラマンタスはその後を駆けた。
町の南の大通りまで来るとフラマンタスの耳にも剣がぶつかる音が聴こえて来た。隊長達は戦っている。
マグナスとアネーリオ少年が黒の乗り手と打ち合っていた。
「まともに打ち合ってはいけません!」
フラマンタスは声を上げて駆け、馳せ参じた。
「フラマンタス!」
「フラ兄ちゃん!」
マグナスとアネーリオ少年が驚いたようにこちらを見た。
「お前達の仲間を二人やったぞ! それでもまだ戦うか!?」
フラマンタスが後方で大声を上げると、黒の乗り手は泡を食ったようにマグナスらとフラマンタスを見て右往左往し、結局馬首を巡らせ、南へ駆け去って行った。
「フラマンタス、あの黒い戦士は何者だ? それにふたりやったとは?」
「道々お話しましょう。今はマリアンヌ姫のところへ戻るのが先決です」
フラマンタスが言うとマグナスは頷いた。
そして駆けながら話して聴かせた。
奴らが急に現れたこと。一人を敗走させ、二人を討ち取ったこと。ベールの下は骸骨だったことを。
「不浄なる者か。真紅の屍術師の手の者で間違いは無いだろう」
マグナスが応じた。
「実際、手強い相手だった。十字剣が圧し折れるかと冷や冷やしていた」
だが、アネーリオ君がいたのだ、避けるのは得策では無かった。フラマンタスもそこまでは納得できた。
「黒の乗り手は再び挑みかかって来るでしょう。奴らを殲滅しなければ、旅が脅かされます」
「黒の乗り手か。そう名付けたのだな」
マグナスが応じ、フラマンタスは頷いた。
「だが、言葉は分かるらしいな。フラマンタスの大喝に驚いて逃げ出したのだから」
そうして宿へと到着した。外では仲間達が勢ぞろいし、泥酔し眠りこけているコモド以外、不穏な気配を包む町の上空を見詰めていた。この町に潜む悪意を放っては置けないだろう。厚い雲は夕陽を隠している。気の抜けない夜が再び始まろうとしていた。




