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フラマンタスの刃46

 東の果て、海を背にした城は、ある日突然現れたのだという。

 人里から離れ、森に囲まれながら聳え立っていた。東方では帰れずの城として少しだけ話題となっている。

 城というよりも薄汚れ、苔生した様子は古城という名が相応しい。探求心に満ちた者や、近くの町や村の役人が、新しい観光の名所になるかと思い、開け放たれた頑強な鉄の門扉の間を潜り抜ける。

 それから何日経ってもあるいは一月経っても足を踏み入れた人々は戻って来なかった。

 それからというもの、東の古城、恐怖の城などと呼ばれ、周辺の人々は恐れ慄き、まるで邪気でも見えているかのように怯え、その城へ近づこうしなかった。それでも時折、噂を聞き付けた余所者の命知らずが足を踏み入れる。こうして犠牲者は増える一方であった。

 しかし、そんな中、人知れず城門を駆け出て行く騎影があった。騎影は全部で五騎。木漏れ日が照らすそれらは鼻息の洗い灰色の大きな馬に跨り、黒いベールと黒い外套をはためかせて城の中から飛び出ると、まるで目的を察知したかのように新緑の中を駆け消えて行ったのであった。



 2



 規則正しい音が聴こえる。軽快で心地よい音だ。

 フラマンタスが目覚めると、ギュネが厨房に立っていた。牛のアップリケが縫い付けられた白いエプロンをし、緋色のクセのある長い髪を後ろで一つに結んでいる。

 その姿も愛しいものだが、彼女が慣れた包丁捌きで野菜を刻んでいる姿は更に愛しいものだった。思わず心が締め付けられる。

 ずっと見ていたらしい。ギュネが咳払いをし、手を止めてこちらを見た。

「何よ?」

 その言葉にフラマンタスは我に返った。

「いえ、おはようございます」

「う、うん、おはよう」

 ギュネは素早く視線をそらして再び包丁を振るったのだが、今度の音は規則正しい軽快な音とは違い、迷いがある様な歯切れの悪い音だった。

「ギュネさん、注意しないと指を切りますよ」

「分かってるわよ」

 フラマンタスが思わず言うとギュネは応じた。

「これでも一人暮らしは長いんだから、馬鹿にしないで」

「馬鹿になんかしていません。あなたの綺麗な指に傷でもついてしまうかと思うと」

 と、フラマンタスは思わず口走っていた。

「綺麗な指なんかじゃ無いわよ」

「いえ、そんなことは」

 それからギュネが包丁を刻む歯切れの悪い音だけが聴こえた。

 ギュネさんは動揺しているのか? 怒らせてしまったか。フラマンタスは心配になり、何か話題を提供しようと頑張った。

 見回すと、ここは大手居酒屋チェーン店猛牛の里で、その厨房と接するカウンター席で自分は寝ていたようだった。

 記憶があいまいだった。どうして自分とギュネだけここにいるのだろうか。

 ふと、糸を手繰り寄せて行く度に記憶が戻って来た。昨晩は少し離れた民家でマリアンヌ姫とギュネ、アネーリオ少年が寝るのをマグナスらと共に交代で見張りに立った。未明から自分は一人で見張りに入り、そして、朝を迎え、マグナスが猛牛の里で食事をしようと提案したところ、ギュネが今日は自分がやると言い出したのだ。そこでコモドが、だったら護衛にたった一人フラマンタスを連れて行くように提案したのだ。ゾンビはいないことを再度確認するため、他の皆は手分けして見回りに出かけ、あれ、そういえば、捻挫をしたヒューも同行したのだったか?

 そんなことよりも、大事なことを忘れていた。自分はギュネを護衛するためにここにいるのに寝入ってしまった。

 慌てて椅子から立ち上がる。と、頭を天井に派手にぶつけた。

「ぐっ」

「ちょっと、フラマンタス!?」

「すみません、俺はあなたを護衛する立場だった」

「護衛なら間に合ってるわよ。外にヒューがいるから」

 そういえば、まだ上手く歩けないヒューを自分が背負ってきたのだ。

 すると、ギュネは盛大に溜息を吐いた。

「寝てなさい。アンタと出会ってから、アンタが幾ら大きいからってずいぶん無理を背負い込んで来たのは分かるわ。何かあったら起こすから眠りなさいよ」

 ギュネは呆れたような憐れむ様な声で言った。

「いえ、しかし」

「言い訳無用よ。おやすみなさい」

 そう言われ、フラマンタスは再び席に座ってカウンターに顔を伏せた。

 ギュネがこちらに来て、落ちていた薄手の毛布を掛けてくれた。

 それからフラマンタスが起きたのは仲間達が戻って来る三分前だった。

 ギュネの料理は出来上がっていた。香ばしそうなパンに、ハムのある目玉焼き、野菜のサラダ。豆のスープにイモのシロップ掛けだった。

 仲間達が次々戻って来る。

「わお、ギュネっちやるね!」

 並べられた料理を見てコモドが声を上げた。

 そうして食事になる。

 パンは焼き直したものだろうが、どれもこれも美味しかった。特にイモのシロップ掛けは初めてだったがこれも美味しかった。

「フラちゃん、どう、美味しい?」

 コモドが尋ねてくる。

「とても美味しい」

「だそうです、ギュネっち良かったね。いつでもお嫁にいけるよ」

「うるさい」

 コモドが言うとギュネは顔を真っ赤にして応じた。

「今度は私も作りますね」

 マリアンヌ姫がはりきった様子で言ったが、それは不味いと顔を青ざめさせたコモドが宥めすかしていた。

「隊長、ゾンビはいましたか?」

 フラマンタスが問うとマグナスは軽くかぶりを振った。

「姿は見えなかった。全て討滅したということだ」

「では出発なさいますか?」

「いや、フラマンタス。ヒューじいさんの足が治るまではここに留まろうというマリアンヌ姫様からの意見だ。私としては君がヒューじいさんを背負いながら戦うのは」

「駄目よ」

 ギュネが口を挟んだ。

 つい、だった様子で、彼女は慌てて強張った顔を戻した。そして俯いて言った。

「みんな、フラマンタスが大きくて力持ちだからといって、彼を使い過ぎだわ。彼には休養が必要よ」

 思わぬ意見にマグナスが姫を振り返る。

「そうですね、ヒューのこともありますし、フラマンタスさんが陰で色々頑張ってくれていたことに私達は甘えていたのかもしれません。しばし、休暇としましょう」

 姫がそう言い、ギュネはパッと顔を輝かせた。フラマンタスはギュネの言葉とその顔を見て、彼女のことが更に好きになった。

「アネーリオ君、休暇の間、特訓をしようか?」

 マグナスが言うと育ち盛りの少年は頬張っていた口の中の物を飲み込み、頷いた。

「お願いします、隊長!」

「休暇か、酒でも飲もうかな、ね、ダニーボーイ?」

「たまにはいいかもしれませんね」

 ダニエルが応じ、コモドの言葉を咎める者は誰もいなかった。

 こうして名目上ヒューとフラマンタスのための休暇は始まったのであった。

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