フラマンタスの刃45
ヒューと二人で戻ると、仲間達が心配げにこちらを見ていた。無理もない。ヒューじいさんは恋人よろしく、フラマンタスの腕の中に抱かれていたからだ。
「ヒュー、どうしたのですか?」
マリアンヌ姫が誰よりも先に尋ねる。ヒューは石畳の上に下り、痛いのだろう、顔をしかめて言った。
「姫、申し訳ありません、不覚を取りました」
ヒューは畏まって自分の主に答えた。
「何があったのです? いえ、その前に足が痛むのですか?」
「これぐらい、ケガの内に入りません。それよりもゾンビの大群が向かって来ます。ご用意を」
マリアンヌ姫がマグナスを振り返った。
「ヒューじいさんは、姫の護衛を。アネーリオ君、ギュネさん、戦えるか?」
マグナスの問いに少年は溌溂と頷いた。
「大丈夫、行けるわ」
ギュネも応じた。
少年は十字短剣と小盾を持ち、ギュネは短い槍をしごいた。
「その槍、フラ兄ちゃんのと同じぐらいだね」
アネーリオ少年が言った。
「何が同じなの?」
目を瞬かせギュネが尋ねる。
「フラ兄ちゃんのちん」
「アネーリオ君、そこまでだ」
マグナスが危ういところで止めに入ってくれた。フラマンタスは隊長に感謝した。実際のところ誇張し過ぎだ。そこまでは大きくも長くも無い。しかし、コモドがニヤニヤし、ダニエルは苦笑いしている。マリアンヌ姫は何が何だか分からないようだった。
「良いか、皆、よく聴いてくれ。確かにゾンビどもはもう腐敗が進んでウスノロかもしれない。だが、噛みつかれればゾンビになる。もう一度、気を引き締めて掛かって欲しい。コモド殿、ニヤニヤ笑いは引っ込めて、職業傭兵のように戦場に臨むような顔をしていただきたい」
マグナスが気の緩み切った一同を注意すると、コモドはこんな顔をも出来たのかと言うほど生真面目な表情になった。そのギャップの激しさが逆に一同の笑いを買った。
「コモド殿……」
マグナスがガックリうなだれる。
「ちょっと、俺っちのせいじゃないでしょうが。そんなことより、来てるよ」
ゾンビ達の虚ろな声が聴こえ、小雨の中、奴らが足を引きずって進んで来るのが見えた。
「抜刀! 進むぞ!」
マグナスが先頭を切り、フラマンタスらも大通りいっぱいに広がった。
ゾンビ達はすっかり動きが鈍かった。だからこそ、予想外のこともある。アネーリオ少年の飛び膝蹴りをゾンビが偶然よろめいて避けたのだ。少年はゾンビ達の真っ只中に着地した。
フラマンタスとダニエルが助けに出ようとするとマグナスが言った。
「アネーリオ君、戻って来れるね?」
「うん!」
少年は小盾で前方のゾンビの顔面を殴りつけ、後方のゾンビの手を掻い潜って陣形に復帰した。
「飛び膝蹴りは状況を考えて使うようにしよう」
「分かりました、隊長」
マグナスが諭し、少年は頷いた。
フラマンタスらはゾンビを斬り進んだ。そうして討伐しながら歩んで行くと、ドラゴンとの戦場の跡地に着いた。
「何だ、瓦礫の山だな。ゾンビ達の近道になったのだろうが、しかし一体何故」
マグナスが首を傾げた。
「フラマンタス、教えてやりな」
ヒューが後方で言った。
「俺とヒューは何者かに操られたブラックドラゴンと戦ったのです。幸いドラゴンは何処かへ飛んで行きました」
「だから帰りが遅かったのか」
マグナスが納得したように言った。
「ドラゴンってどのぐらいだったの?」
こういう話題にはアネーリオ少年が食いつくかと思ったが、質問してきたのはギュネだった。綺麗な緋色の長い髪が濡れて頬にへばりついていた。
「十五メートルほどかと」
「大きいけど、それってドラゴンとしてはどのぐらいなの?」
続いての質問に応えたかったフラマンタスだが、ドラゴンに関しては門外漢だ。代わりに答えてくれたのはマリアンヌ姫だった。
「相手にするには大きいですが、それでもドラゴンの中では小さい部類です。現在歴史上確認されているのは、三十メートルぐらいのものだと当時の書物には記されています」
三十メートルか。冗談ではない。
フラマンタスも思わず相手取りたくないと思うほどだった。
ゾンビはおらず、遺体に油を注いで火を点ける。雨は止んでいたが、空は雨雲が掛かり暗かった。
そんな中、進み、コモドとアネーリオ少年が斥候から帰ると朗報が届けられた。
「もう町の中にゾンビはいないみたいだよん」
コモドが言った。
一同はそこで深々と溜息を吐いた。
そして大手居酒屋チェーン店猛牛の里に入る。
マリアンヌ姫がヒューの足の具合を見ていたが、見事に腫れ上がっていた。捻挫だ。
「このぐらい大したことはありません」
ヒューが言うが、マリアンヌ姫はテキパキと水で冷やすために桶を用意していた。
マグナスが厨房に立ち、アネーリオ少年に料理を教えている。コモドとダニエルは外で念のために見張りをしていた。
フラマンタスが何気なく目をやると、ギュネが槍の刃を丁寧に雑巾で拭いていた。
フラマンタスの脳裏に先ほどのやり取りが甦る。アネーリオ少年が、フラマンタスのアレとギュネの槍が同じぐらいだと言ったことをだ。
ギュネの優しい磨き方にフラマンタスは思わず下半身が熱くなった。
もしも俺のアレをギュネさんが……。
「何よ?」
ギュネがこちらを見ていた。
「いえ、何でもありません」
フラマンタスはそう言うと、溜息を吐いた。




