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フラマンタスの刃44

 ヒューとは互いの位置が見えなかったが、ドラゴンを挟む形で動いていた。

 黒い竜の鱗は雨を弾き、幾つもの蒸気を上げている。

「ヒュー! どうやってこいつを立たせる!?」

「さぁな! 運が巡って来るのを待つしかねぇだろう! だが、おかしなもんだ!」

「何がおかしいんだ!?」

 ドラゴンの鼻息と雨の音に掻き消えそうな声を張り上げて二人は声を掛け合った。

「ドラゴンの首元を見ろ! 赤い首輪が着いてる!」

 なるほど、確かにそうだった。赤いそれが着いていた。ドラゴンが装着したとも思えない。だとすれば、誰かしら、いや、真紅の屍術師の仕業だろうか。

 大きく頑強な皮膜の翼が羽ばたき、砂埃と瓦礫までもつぶてのように飛ばす。フラマンタスは顔を覆うしか無かった。そしてその腕にかつては民家だった大きな破片がぶつかり、危ういところを逃れた。

 羽ばたきは収まり、ドラゴンは一声咆哮を上げた。

「ヒュー! こいつは俺達だけで手に負える相手ではない! マグナス隊長らを呼んで来てくれ!」

「馬鹿野郎! それこそ一人でどうにかできる相手じゃねぇだろう!」

 ヒューが叫び返す。

「だったらどうする!?」

「マリアンヌ姫様のところまで誘導するのは避けたいところだ! 俺達二人の帰りが遅ければ、増援が来てくれるはずだ! 衛兵の若造と姫様じゃない方の娘とガキは論外だが、マグナスか、あの飄々した傭兵の若造なら勝機はある!」

 粘るしかあるまい。その上でドラゴンが腹部を見せれば……。

 二人は相変わらず虚しくドラゴンを挟みドラゴンの首と尻尾と共に右往左往しているだけだった。

 早く立ち上がれ。

 フラマンタスは無駄な攻撃は仕掛けなかった。竜の鱗、竜鱗には十字剣では刃が立たないことを既に知っている。隙を晒し危険を冒して虚しく死んでゆくのだけは避けたかった。

 ドラゴンの様子を見るに、ヒューも同じような考えと見て良いだろう。

 と、ドラゴンが首をこちらに向けて口を開いた。

「炎か!?」

 フラマンタスは放射された火炎を避けるが、ドラゴンはしつこく追ってくる。そこで不意に瓦礫がレガースの踵にぶつかり、フラマンタスの身体が傾いた。

「しまっ!?」

 後ろに倒れながら火炎が追尾してくるのが見えた。

「お前の相手はこっちだ! トカゲ野郎!」

 ヒューの声が響き、老人は戟の一撃をドラゴンの顔にぶつけた。

 ドラゴンは炎を止めた。そしてヒューはフラマンタスに合流した。

 息を切らせている。

「すまない、助かった!」

「お前はウェルダンになるのが趣味なのか!? まぁ、良い。今、俺は竜の目ん玉を刺したんだが、竜の目ん玉も固い」

 息を喘ぎながらヒューの言ったことをフラマンタスは理解する。唯一の会心の痛手を与えられる弱点があるとすればそこだった。ヒューはフラマンタスには、はるかに及ばないが、マグナスと並んで立派な体躯をし、重々しい武器を操っている。その戦士の一撃が通用しなかったのだ。

「打つ手無しか」

「諦めるな、どんな時にも冷静に。生き残るコツだ。この野郎だが、腹の下に潜り込めるかもしれない」

 その言葉を聴き、それこそ冷静ではないとフラマンタスは即座に感想を抱いた。

「お前じゃ身体がでかすぎる。俺がその役を引き受ける。野郎を掻き回してくれ」

 冷静な顔で大胆不敵なことを提案する老人にフラマンタスは恐れ入った。これほどマリアンヌ姫に受けた恩義を厚いものだとヒュー老人は思っているのだろう。老人の顔が語る。今こそ恩返しをするときだ。

「分かった、潰されないようにな!」

「当たり前だ、ウェルダン小僧! さぁ、行け!」

 フラマンタスは頷き、声を上げた。そして恐ろしい竜の首と二メートル程の距離を取り、剣を振って威嚇した。

「さぁ、ドラゴン、お前の相手は俺だ!」

 すると、ドラゴンは長い首を一瞬で伸ばした。フラマンタスの隣で、ドラゴンのあぎとが空を噛む音がした。この調子だ。実際、かなり心臓に悪かった。だが、ヒューが命を懸けるのだ。その手伝いぐらいしてやりたい。そのためには己の命を惜しむことも無い。眦を見開き、フラマンタスは次々、ドラゴンのあぎとを避け続けた。

 ヒューがどうなったか、見ている暇はない。

「くそっ! 駄目だ!」

 ヒューの声が聴こえた。

「どうした!?」

 フラマンタスはあぎとを躱して吼えて応じた。

「腹の方も固い! 俺の戟は鋼鉄も貫通する業物だ! 別の策を考えるぞ、離脱する!」

「了解!」

 フラマンタスはことさらドラゴンの注意を自分に引くために、鎧の鉄と剣の柄の鉄を打ち合わせ、甲高い音を出した。

「ウェルダン小僧!」

 ヒューが声を上げた。ドラゴンの身体の右側にいる。

「ヒュー! 無事でよかった! だが、どうすれば!?」

「そうだなぁ……」

 合流するとヒューがこちらを向き直ろうとするドラゴンの身体を見詰めていた。

「一つ、賭けだが」

「というと?」

「奴の首輪を破壊しちまえばどうだ? 操ってる奴がいれば、首輪を通して操ってる可能性がある。ドラゴン自身、自分の首元に首輪を付けるなんて真似はできねぇ。他の絵物語の知恵あるドラゴンがいるなら話は別だが、こいつはただの暴れん坊に過ぎねぇ」

 フラマンタスはヒューの言葉を噛み締めた。確かにその通りだ。ドラゴン自身が首輪を着けられるわけがない。術者が、操り手がいるはずだ。真紅の屍術師かもしれないが。

「首輪を破壊してどうなるんだ?」

「ドラゴンが野生に帰るかもしれねぇ、ドラゴンの住処はここじゃない。俺達じゃ手に余る相手だ。御退散願えれば御の字よ」

「ヒュー」

「今はそれを試す。お前は反対側だ! 隙があったら破壊しろ!」

「分かった」

 フラマンタスは駆けた。ドラゴンの長身を回り込むには、大きく迂回するように動くしか無かった。ヒューが牽制し、ドラゴンの注意を散漫にさせていた。

 フラマンタスは反対側へ辿り着いた。首元へ一直線だ。ドラゴンはヒューに気をとらわれている。

 俺の出番ということだ!

 フラマンタスは咆哮を上げて、雨粒を蒸気に変えるブラックドラゴンの首元へ駆け、動く首を慎重に見極めて、首輪へ刃を振り下ろした。

 固い手応えと共に首輪は割れて地面に落ちた。鉄製だったが破壊することができた。

「ヒュー! やったぞ!」

 フラマンタスはそう声を上げた。だが、ヒューの声が返って来なかった。

「ヒュー!? どうした、返事をしろ!」

 フラマンタスが不安になる中、ドラゴンは突然、首を振るうのを止めてこちらを振り返った。その口にはヒューが咥えられているわけではなかった。

 ブラックドラゴンは真っ赤な目を瞬かせ、咆哮を上げると、翼を羽ばたかせた。

 物凄い風を巻き起こし、そうしてドラゴンは雷雲の彼方へと消えたのであった。

 フラマンタスは、ヒューが戟を支えに立っているところを見た。

「ヒュー、無事だったか!」

「お前をもうウェルダン小僧と言えなくなっちまったな。俺もスッ転んだ」

「そうだったか。だが、問題は解決した」

「おあいにく、脅威は去ったとは言えないがな」

 ヒューが口元を歪ませる。小雨の降りしきる中、虚ろな声を上げてゾンビの大群が瓦礫に躓きながら覚束ない足取りで歩んで来ていた。

「ひとまずは、任務を果たそう。俺達の役目は斥候だ。知らせに戻ろう。歩けるか、ヒュー?」

「足首を捻っちまってな」

「分かった」

 フラマンタスは十字剣を鞘に戻すと、ヒューを抱き抱えた。そして元来た道を引き返し駆けた。

「恰好がつかねぇな」

 ヒューがフラマンタスの腕の中で呻いた。

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