フラマンタスの刃41
十字剣が夕陽に煌めき、蘇った死体達を再び黄泉へと送る。
広い町で掃討は終わらなかった。
手近に食堂も無く大所帯で狭い民家へ入るのは身動きが取れなくなって危険だ。
仕方なく持ち合せの粗食で腹を満たした。
制圧した大きな宿を拠点とし、フラマンタス、マグナス、コモド、ダニエル、ヒューが交代で見張りに付き、姫とアネーリオ少年、ギュネは眠ることになった。しかし、アネーリオ少年とギュネはかつてのフラマンタスがそうしたように、彼の代わりとしてマリアンヌ姫の眠る部屋の前に陣取って眠ろうとしていた。
「伸び盛りなんだからアンタは寝なさいよ」
優しく諭すようにギュネは少年に言った。
「お姉ちゃんが寝たほうが良いよ。夜更かしはお肌に悪いってシスターエレッタが言ってた」
結局ダニエルがその役を引き受け階段の上で座って眠りつつ警護し、ギュネはマリアンヌ姫と同室で、アネーリオ少年は一人でそれぞれ部屋で寝ることになった。
石畳の地べたに薪を置き、篝火を左右に炊いた。
最初の見張りはフラマンタスとコモドだ。マグナスとヒューは一階で仮眠を取っているはずである。
静かな夜というわけにはいかなかった。まだまだ夜風にゾンビの声が乗って聴こえて来る。声の主達は遠くにいる。
「みんな、眠れるのかねぇ」
コモドがぼやく。
「正直不安だろうな」
フラマンタスも応じる。まだ町の半分も制圧していない状態なのだ。危険地帯である。それぞれ篝火の前に立ち、火が投げかける光りとその向こうの見えない闇を注視するしか無かった。
「フラちゃんさ」
「何だ?」
「ギュネっちのことどう思う?」
突然の問いにフラマンタスはまるでゾンビに奇襲でも受けたかのように内心狼狽していた。
「突然何だ?」
「ここだけの話」
コモドは振り返って言った。
フラマンタスの心は大きく揺れ動いていた。
彼女は綺麗だ。少しだけ聡明で優しくて勇敢で。
「俺っちを諦めさせてよ」
コモドが言った。
「諦めさせる?」
「そう」
コモドの真剣な両眼がフラマンタスの目を真っすぐ見詰めていた。
「フラちゃんにだったら彼女を譲れる。だけどそうじゃないなら俺が猛アタックする」
コモドがまさかまだギュネさんを諦めていなかったとは思わなかった。
どこかで聴いたことがある。恋に障害はつきものだと。
「俺は……すまん、コモド、彼女が好きだ」
だが、コモドはこちらを見詰めたままだった。フラマンタスはこれを有耶無耶にする度胸は無く、真摯に向かい合った。
「ギュネさんは綺麗な女性だ。そして死者に祈りを捧げる優しさ、仲間のために身体を張ろうという勇敢さ、一般の民ながら状況を理解し把握できる聡明さ、彼女のそんなところを徐々に好きになっていった」
「そうなんだ」
コモドが言った。
「だからすまん、彼女を渡すわけにはいかない」
「分かった。それだけ聴ければ充分だよ。よくギュネっちのこと見てたんだね。実は俺っち、故郷に恋人がいるのよん」
「は?」
フラマンタスは思わず声を上げた。素っ頓狂な声だった。
「ククッ、ごめんね、騙しちゃって。でも色々協力するから許してくんちょ」
「はぁ」
フラマンタスは盛大な溜息を吐いた。コモドの冗談を見抜けなかった。
「ここだけの話だからさ」
「ああ、頼むぞ」
「ギュネっちのおっぱいのサイズ教えてあげようか?」
「知っているのか? いや、やっぱり良い」
思わず食いついた自分が滑稽で愚かに思えた。
「コモド、お前、真紅の屍術師みたいだぞ。俺をお前の手の平で踊らせようとしている」
「そっか、それは嫌だ。メンゴメンゴ」
コモドが謝罪をする。
「故郷の恋人はどんな方なんだ?」
フラマンタスが尋ねる。
「そうね、可愛い系かな」
そして二人は右手から呻きを上げて歩んで来る亡者どもを見た。ペタペタという微かな足の音が聴こえたのだ。
程なくして虚ろな声を上げてゾンビ達がこちらへ向かって来る気配を感じた。
「コモド、隊長達を起こしてくれ」
「あいさ」
コモドが建物の中へ駆け込む。
虚ろな声は終わりのない合唱となった。まるで鈍足だが、ゾンビはゾンビだ。ゾンビに言うのもなんだが少しだけ精力が衰えているようにも思えた。腐り始めたのだろう。
マグナスとヒューを連れてコモドが戻って来た頃には篝火の光りの中に十数体ものゾンビ達が蠢き前進しているのが見て取れた。
「腐り始めてるな。脚が遅いからといって油断するな。夜は昼とは違う」
「戦場でもそうだったな」
マグナスの声の後にヒューが懐かしむように呟いた。
「それ、かかれ!」
マグナスの声の下、フラマンタスは駆けた。十字剣が、次々柔らかい肉と固い首の骨を分断する。
隣ではコモドが同じく長剣で応戦している。
ヒューの気合の入った声も聴こえた。
ゾンビは次々討たれ、やがてこの場は討滅した。
「火をかけよう」
マグナスが間髪入れず処理を提案する。
フラマンタスらは油の缶を首と分かれた死体に注ぎ火を点けて回った。
「これは目立つな」
ヒューが言った。
「仕方あるまい、ヒューじいさん、我々も見張りに加わろう」
マグナスが言いヒューは頷いた。
それから夜が明けるまでに三回、小さな戦いがあった。ゾンビ達は確実にこちらのことを察知しているのだ。知性が少ない分、鼻や耳が良いのかもしれない。あるいは真紅の屍術師が差し向けたのかもしれないが。
夜明けと共にマリアンヌ姫にギュネ、アネーリオ少年にダニエルが出て来た。
そして陽の光りが露わにした焼け焦げた死体の数々を見て驚いていた。
「起こしてくれても良かったんですよ?」
姫が言った。
「いいえ、姫様の手を煩わせるほどでも無い戦いでした。小規模な戦いが数回続いただけです。ですが、ゾンビ達は既に我々を察知しています。まだまだこの町は広いです。たくさんの者どもが待ち構えているでしょう」
マグナスが言った。
「まずは朝食だ。姫様もお腹空かれたのではないでしょうか?」
ヒューが尋ねた。
「ええ、引き続いて保存食ですが軽くお腹を満たしてから出発しましょう」
姫が言い、一同は頷いた。




