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フラマンタスの刃38

 真紅の屍術師の遊びの懸念も含めてトロルの遺体に油を注ぎ火を放った。

 最後まで見届けるため一同は街道脇の草を切り払い、休憩場所を確保し、嫌な風景と臭いを堪能しながらだが、食事とした。長い間そこに留まった。トロルの遺骸が骨と灰になるまで時間が掛かったのだ。

 夕暮れも間近になり、一同はこれから先に進むか考えあぐねていた。

「人里があったとして、真紅の屍術師の手が加われば……」

 ダニエルがそれぞれの思いを代弁するように言った。

「そうだな。夜の戦いは危険だ。場所も確保したことだし、今日はここで夜を明かそう。姫、よろしいですか?」

 マグナスの言葉にマリアンヌ姫が頷く。

「あなたの判断が最良でしょう」

 マグナスと姫とアネーリオ少年が残り、フラマンタスらは夕暮れの中、薪拾いに出向いた。

「皆、離れ過ぎないように!」

 フラマンタスは暗くなり始めた空を見て仲間達に呼び掛けた。

「おうさ」

 返事は良いがどこか退屈そうな態度のコモドが応じる。彼の傍らではダニエルが目を皿のようにして薪を集めていた。

「薪拾いなんか初めてだわ。生木じゃ燃えないんでしょう?」

 ギュネが尋ねて来た。

「ええ、乾いた枯れ枝を探してください。ポッキリ折れるものです」

 フラマンタスが言うと、ギュネは頷いた。

「ポッキリ折れる物ね」

 そういうと彼女もまたダニエルと同じように腰を屈めて探し始めた。大きなお尻が目に入った瞬間、フラマンタスは慌てて目を反らしていた。服の上だから平気じゃないか。という彼の内なる声が言うが、悪魔のフラマンタスに対し正義のフラマンタスは断じて見てはいけないと応じる。

「どうしたのよ? 手、動いて無いけど?」

 ギュネが声を掛けて来たのでフラマンタスは幾分かドキリとし、慌てて枝拾いを再開した。

 フクロウが鳴く夏も近い夜、仲間達で火を囲むのは悪いことでは無かった。これまでもフラマンタスは野宿の際にそう思っていた。トロル。そう渾名された自分は、ただただ畏怖の対象だったのかもしれない。ギュネに怒られたことを思い出す。トロルの一撃を受け止めたことを。確かに、倍近くある筋肉の塊の怪物だ。その一撃の衝撃で肩が外れるかもしれない。それでも良かったのだ。ギュネに言われるまでは気にも止めなかった。自分が自分を犠牲にして戦う姿のことを。だが、もう自分だけの身体だけじゃ無いのだ。仲間達を見渡す。漫談の様な冗談を言うコモド。それを笑うマリアンヌ姫とダニエル。アネーリオ少年に剣の研ぎ方を教えているマグナス。全てが愛おしい存在だ。失ってはならない存在だ。俺自身も含めて。

「ギュネさん」

 フラマンタスが傍らで薪を追加する彼女の名を呼ぶと相手は振り返った。

「何?」

 火に照らされ、光りと影のある彼女の顔もまた昼とは違い美しかった。

「俺を叱ってくれてありがとう」

「え? ええ! うん! ア、アンタに死なれちゃ困るからね!」

 ギュネはしどろもどろに言った後、そっぽを向くように火へ顔を戻した。

 こうして夜は交代で見張りに付き、夜を過ごしたのであった。



 2



 王国騎士団。その地位に不満があったわけではない。いや、あったのかもしれない。俺は俺が思うままに暴れたかった。百人斬りして爵位を得た瞬間、生活はつまらないものになった。

 だが、その生活も今の状況に比べればマシだろう。

 昼頃、東へ遁走したヒューは、町へ入った。活気にあふれた町だった。

 ここでゴロツキどもに声をかけてもう一度、盗賊団を再起する。ヒューはその気で酒場を潜った。

 だが、驚いた。昼は定食屋を営むその酒場にいたのは、物言わぬ骸達だった。

 死臭はしなかったが、どいつもこいつも綺麗な遺体に成り果てていた。

 ヒューは通りを振り返った。先ほどまで歩いていた老人、男達に、女子供、皆が倒れ伏していた。

 良くない兆候だ。ヒューの危機感がそう告げるや、人々は起き上がり、恨みがましい声を上げてフラフラとヒューへ掴みかかったのだった。

 それはヒューが心停止を確認した酒場の客の若い女だった。

 ヒューは女とも思えない力で腕を掴まれ、戟で首を薙いで、危機から脱した。いや、まだ脱してはいない。酒場の客達が扉を潜りヒューの後をつけてくる。ヨロヨロと。通りの者達も奇声を上げてヒュー目掛けて足をもつれさせながら駆けてくる。

 何てこった俺は死の巣窟に飛び込んだ。

 ええい、くそが!

 ヒューは戟を薙ぎ払い、ゾンビどもを切り裂いていた。

 教会戦士では無いが、ゾンビ騒ぎと教会戦士団の動きから情報を得て、邪術からのアンデット化を防ぐにはオニキスが有効だと知った。念のためにくすねて来て今は首からぶら下げている。

 確か、真紅の屍術師とかいう奴が元凶だ。

 冷静に道を切り開いていたヒューだが、ゾンビどもは減る様子を見せず、おまけに最後の生存者ヒューのにおいを嗅ぎつけてか続々と集まって来る。これほど薄気味悪い咆哮を、一人の大の男の魂を畏怖する声をヒューはこの年六十四になるまで耳にしたことが無かった。女達の悲鳴なら馴染みはあったが。もしや、これは神が俺を断罪するために仕掛けた罠なのでは? 冗談じゃねぇ、神罰だろうが、俺は生き残ってやる!

 老体に鞭うち、百戦錬磨とも言われ畏敬の念を向けられたこともある男は我武者羅に戟を振るう。

 だが、疲労は増す一方で、気付けばもう日暮れだ。戦争をやっていた頃より、人を殺しているかもしれない。いや、人じゃない。アンデッドだ。

 疲労困憊ながらヒューは今更ながら旗色の悪さを痛感し、死者の町を抜けることに決めた。

 街道へ!

「おや、逃げるのですか?」

 どこからか女の様な声が聴こえた。嘲笑う声の主をヒューは見た。

 少し離れた民家の屋根の上に丈の長い胴衣を着た影があった。特徴にそっくりだ。

「お前が真紅の屍術師か!?」

「フフフッ、気付くのが遅かった。どんな時にも冷静な心を信条とし生き残って来たあなたらしくありませんね。無様で面白いですよ」

「何だと!?」

 その一瞬の隙だった、男のゾンビがヒューに組み付いた。

 ヒューはそいつを振り払おうとした。だが、次々手が伸びて来て、生暖かい息と、闘志を吹き消す病める咆哮が轟き、ヒューは首を噛みつかれた。

「ぐああああっ!? この野郎が!」

 痛みが力を貸したようで、ヒューは五、六体いたゾンビを振りほどき、戟を構えた。

 首が痛む。思い切り噛まれた。肉ごともっていかれなかっただけマシなのかもしれないが、事態は最悪だ。

 遅かれ早かれ俺はゾンビになる。

 こういう場合はオニキスの効力は別だ。あくまで奴の邪法から守るための物だ。噛まれた者はゾンビ化する。そのワクチンを作るために教会戦士達が地下で何やらやっていることは知っていた。

 それはもうできているのか?

 それは俺の近くにあるのか?

 ヒューは生まれて初めて絶望した。

 絶望のまま、戟を薙ぎ、夜を戦い道を切り開いた。

 そうして後は懸命に駆けた。

 ゾンビ野郎なんかになりたくない!

 ヒューの脳裏を過ぎったのは、狼藉を働いていた村で出会った教会戦士達だった。あの赤い髪の若造。

 ヒューが頼れるのはもはや彼らだけだった。

 ゾンビになりたくない! なってたまるか!

 命乞いなどみっともないが、それでも俺はゾンビになるなんてごめんだ!

 ヒューは老体に鞭打ち、やっとの思いで街道へ足を踏み出し、駆けた。流れた汗に冷や汗を感じる。その背後からは呪いと黒い祝福の声が幾重にも轟いていたのだった。

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