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フラマンタスの刃37

「危ういところをお世話になりました」

 村の者達が集ってフラマンタスらの見送りに現れた。もう一歩で殺戮と略奪の危機に瀕していたのだ、人々の安寧の心もひとしおだろう。真紅の屍術師は今回に限っては術を使って来ないようだ。だが、まだ油断はできない。フラマンタスは村人一人一人の顔を見て覚えてしまったことを後悔した。もしも有事の際、変貌した彼らを俺はためらいもなく屠れるだろうか。

「アネーリオ君!」

 リゼが飛び出していた。

「何?」

 アネーリオ少年が尋ね返す。

「私、一足先に教会戦士になってるからね。王都で待ってるよ」

「うん、そう」

 リゼは可愛いがアネーリオ少年は別段その微笑みに感じるところは無いようだった。マリアンヌ姫との恋は報われぬだろう。姫がマグナス隊長を好いていることを知ったら、この少年はどうなるだろうか。マグナス隊長と張り合おうとするだろうか。

「お世話になりました。では、行こうか」

 マグナスが言い、一同はそれぞれ礼を言って村を去り、東を目指す。

「今回は真紅の屍術師は動きませんでしたね」

 ダニエルが言った。

「そうだな。だからこそ、我々は引き返すことはできない。この一本の道を終点まで前進するのみだ」

 マグナスが応じた。姫が頷いた。

 確かに引き返せば敵は気まぐれを起こし、村人達を動く屍に変えてしまうだろう。奴はどこかで見ている。終点で大人しくしているはずがない。フラマンタスは周囲を見回し気配を辿った。もっともそんなことなどできはしない。自然の音に不自然なものが混じっていないか。生き物達の鳴き声に変わりはないか、ぐらいしか察することはできない。

 東へ進み、昼を挟んで、先を歩む。コモドの冗談が女性二人を楽しませている。

「ところでさ、ギュネっち」

「何よ?」

 コモドの改まった問いにギュネは幾ばくか驚いたように応じたように見えた。しんがりのフラマンタスは一同の様子を良く見渡せている。

「ギュネっちってどんな男性がお好みなの?」

 コモドが尋ね、マリアンヌ姫がおろおろしながら見守っている。

「いきなり、何よ」

「ギュネっち美人さんだから、それに相応しい男になろうと思って」

 コモドの突然の告白に驚いたのは女性達だけでは無かった。このフラマンタスもドキリとしたのだ。まるでコモドが抜け駆けした狡猾な奴だというような印象が脳裏を過ぎり、フラマンタスは慌てて払拭した。

「ひ、一つ言えるのは……アンタより身長が高いってことよ」

 ギュネがおずおずと応じる。

「隊長さんぐらい?」

「な、何でよ、急に」

「俺っちを諦めさせてくんろ」

 コモドは演技が美味い。そのため彼の言葉が真実なのかそうでないのかフラマンタスにも姫達にも分かってはいないようだが、ギュネは窮したのか答えた。

「隊長よりも上が良いか……な」

 ギュネは目を泳がせ、一瞬のこちらを振り返り、ビクリとして前へ向き直った。

「ふんふん、俺っちじゃ駄目だったか。良い人現れると良いね。それとももういたりするの?」

「コモドさん、その辺で」

 マリアンヌ姫が間に入った。

「フラちゃん、ギュネっち背が高い人が好きだってさ!」

「あ、ああ、聴こえた」

 フラマンタスは頷いた。頷くだけが精いっぱいだった。緋色の髪、小麦色の健康的な肌。時に強い勇敢な光りを放つ茶色の瞳。しなやかなで華奢にも思える身体。大きな胸。 胸!?

 俺は何故そこまで、変なところまでギュネさんを見ていたのか。脈打つ鼓動に驚きながらフラマンタスは頭の中のことを忘れようとした。

 ギュネさんがもしも誰かに取られたら。俺は。

 俺は一生後悔するだろう。何故だろうか。

 それは一目惚れというも……。

 フラマンタスが己の問答の中から身を起こしたのは、前方の茂みから大きな体躯をした化け物が飛び出してきたからだ。

「ブオオオオッ!」

 鼻が詰まったような、あるいは角笛が少し調子が外れたような吼え声を上げてトロルはマグナスとダニエルに躍り掛かった。

 トロルの棍棒が大地を穿ち震撼させる。

「このトロルを討伐する! 村の人々の憂いになるやもしれん!」

 マグナスが命じ、フラマンタスは十字剣を抜いて先へ歩んだ。

「ギュネ殿と、アネーリオ君は姫様と離れていてくれ。フラマンタス、コモド殿、ダニエル、我らで討つぞ!」

「はっ!」

「はいよ!」

「了解!」

 姫ら三人と入れ違いになり、フラマンタスはトロルと向き合った。

 トロルは興奮したかのように何度も短い鳴き声を上げた。

「いや、違うぜ、これは」

 コモドが言うや、右手の茂みが揺れトロルがもう一体現れた。

「仲間を呼んだのか。よし、ダニエルは私と共に。フラマンタスはコモド殿とそっち側を退治してくれ」

 言われるがままトロルの前に進み出る。トロルは大上段に太い木の幹という棍棒を振り上げて下ろした。

 が、フラマンタスは受け止めた。そしてトロルの半分以上ある背丈で、怪物の内側に入り背負い投げにした。背中で油の缶が互いに当たって甲高い音を上げた。

 凄まじい地鳴りとともに地面に仰向けになったトロルの上にコモドが乗り、その首を素早く短剣で掻き切って後退した。

 トロルは立ち上がるが、首からの噴水の様な激しい出血を押さえようとしながら暴れ、やがて倒れた。

「いっちょ上がり、トロルをしょって投げるなんてフラちゃんぐらいしかできないだろうね」

 コモドが言い、フラマンタスは得意げに微笑んだ。

 するとギュネが駆けて来た。

「ちょっと、フラマンタス、危ないわよ! 少し自身過剰なんじゃないの?」

 思わぬ声にフラマンタスは声を失った。

「俺っち、隊長さんらの加勢に出るから」

 コモドが駆けて行く。

「ギュネさん、姫様の護衛に戻ってください」

「トロルの肩の力は家の壁だって破壊できるぐらいなのよ! それを受け止めるだなんて! 投げる方は許せるけど、受け止めるような危険な真似は今後一切禁止にして」

「何故です?」

 フラマンタスは少し苛立って応じた。

「何故ってそれは」

 ギュネが言い淀んだ時だった。

 突如現れたトロルの影がマリアンヌ姫に襲い掛かった。

 アネーリオ少年が勇敢に前に出たがトロルの棍棒を受けて、風の唸りと共に高々と右手の森の中へ弾き飛ばされた。

「しまった!」

 ギュネが言い走るが、それよりも先にフラマンタスが駆けた。

「姫っ!」

 トロルの猛撃をマリアンヌ姫は上手く避けながら後退している。

 フラマンタスが到着するとトロルは振り返り、自由な左手を突き出してきた。

 そしてフラマンタスの身体を握りしめる。

 凄まじい握力に両腕の骨と胴鎧が悲鳴を上げる。剣は取り落としていた。だが、フラマンタスは抵抗した。両腕に力を入れて、そして強引にトロルの手の中から解放される様に抜け出た。

 だが、トロルの腕が再び迫る。

「フラマンタス!」

 ギュネが呼び、武器である短槍を放り投げる。フラマンタスは受け取り、敵の腕に突き刺した。槍はトロルの固い筋肉質の腕を貫通した。

 悲鳴を上げるトロルの前でフラマンタスは十字剣を拾い、素早く薙ぎ払った。

 必死の内に放った一撃はトロルの胴を分断する。

「す、すごい」

 ギュネが言うのが聴こえた。

 血の海に沈むトロルを眺めた後、亡骸の腕から槍を引き抜いた。そして布切れで血糊を拭った。

「ギュネさん、ありがとう、助かった」

 フラマンタスは心の底から言った。

「うん。姫の護衛から外れてごめん」

 その言葉にフラマンタスは姫を見た。

 姫は葉だらけのアネーリオ少年を引き連れて頷いた。

「皆さん最善は尽くしました」

「ええ」

 姫の言葉にフラマンタスは応じた。

 マグナスらもどうにかトロルを退治し終え、合流してきたのであった。

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