フラマンタスの刃36
降りしきる雨の中、宿屋に戻ると、既にコモド、ダニエル組が戻っていた。ギュネと姫も外に出ていた。
「おっとこれは、フラちゃんたらデートしてたの?」
コモドが言い、ギュネがこちらを睨んだ。
「いや、違う。ギュネさん、誤解だ」
と言いながら、何故ギュネを怒らせるようなことはしたくないという気持ちになったのが、よく理解できなかった。軒下で顔を合わせると、宿屋の夫婦が声を上げたため、フラマンタスもギュネの方も視線をそちらへ向けていた。
「こら、リゼ、このおてんば娘! 教会戦士様達の邪魔をしおって!」
宿の主人が娘に詰め寄るが、肝心のリゼは無い胸を張って応じた。
「私、教会戦士さんの役に立てたもの。ね?」
「あ、ええ」
フラマンタスは頷いた。
「リゼさんが案内してくれなかったら、どこに家があるのかすらも分かりませんでした。ですので、怒るなら少しにしてあげてください」
「え? 少し!?」
リゼが約定を破ったとでも言いたげな顔を向けた瞬間、その頭に父親の拳骨が下った。
「いたぁっ!?」
「さて、隊長さんらが戻って来ていないようだが」
コモドが言った。
「アネーリオ君のところ? だったら私も行く!」
リゼが声を上げたが、ギュネが諭した。
「これだけ大人が揃ってればアンタの出番は無いよ」
「そうですよ、リゼさん。ここで私達と待ちましょう。フラマンタスさん、ダニエルさん、行ってくださいますか?」
マリアンヌ姫が言い、フラマンタスは頷いた。
「お任せを。コモド、ギュネさん、姫様のことを頼んだ。行こう、ダニエル」
「はいっ!」
二人はそれぞれ、賊の残した馬に跨りカンテラを片手にマグナスらの方へ駆けた。
雨は小雨になって来た。だが、フクロウが鳴かないのが気掛かりだ。何か邪悪なことが、恐れていることが起きなければ良いが。
フラマンタスとダニエルは先を急いだ。
「それそれ、そこの左です!」
途中、民家から住人が出てきて示した。
「ご協力感謝します。危ないので家の中へ、鍵を閉めて置いてください」
ダニエルが持ち前の優しさと実直さを感じさせる言葉を言う。
剣戟の音がした。
「聴こえましたか?」
「ああ、行こう、ダニエル!」
二人は馬腹を蹴り、戦場へ辿り着く。地面に置かれたカンテラが十人以上の屍を照らし出していた。そしてその光りはマグナスより背丈も幅もある賊の首領をも露わにしていた。
「マグナス隊長!」
「フラ兄ちゃん! 邪魔しちゃ駄目だ!」
薄闇からアネーリオ少年が短剣に小盾に握って現れた。
マグナスは応じなかった。声が聴こえなかったのだろうか。そして賊の男。髭面で左目に眼帯をしていた。珍しいことに敵は戟を手にしていた。それを使いこなしているのだろう。
「こいつはね、隻眼のヒュー。賞金首だよ」
アネーリオ少年が言った。
時勢に疎いフラマンタスは知らなかったが、ダニエルの方は理解したようだ。
「大変だ、百人殺しのヒュー。王国騎士団も苦戦し取り逃がしていた相手です」
「では、ここが年貢の納め時か」
「それは分かりません」
ダニエルが自信なさげに言う。なるほど、マグナスと対等に渡り合える相手ということだ。
「どうした、仕掛けて来ねぇのか?」
ヒューは良く見れば老いていた。カンテラの灯りを受ける髪は白髪のようだった。そして幾重にも刻まれた手の甲と顔のしわ。この年まで賊として生きて来たのだろうか。
「ヒューじいさん、アンタはどうなんだ? 仕掛けて来ないのか? 百人殺しだって? その割には肝が小さいじゃないか」
マグナスが応じ、挑発を返す。だが、ヒューは笑うだけだった。
「いつ、どんなときにも冷静に。生き残るコツだ」
「惜しいな、ヒューじいさん。そういう人材が俺は欲しかった」
マグナスが踏み込んだ。
剣が空を切る。
ヒューは下がって、長柄の戟を突き出す。
それがマグナスの顔を掠めた。
フラマンタスは慌てて出ようとしたが、アネーリオ少年が止めた。
「気を乱した方の負けだよ」
「確かに、君の言う通りだ」
フラマンタスは少年の言葉に心洗われる思いを抱いた。
両者は再度、間合いを取った。
「そろそろカッコいいことろを見せねばな。そうだろ、三人とも」
マグナスが言った。瞬間にヒューが戟を薙いだ。マグナスは跳んで避け、返す刃を屈んで避けた。そして突進する。
「得物が少し重すぎたようだな、年は取りたくないものだなヒューじいさん!」
マグナスの突きはヒューの服を貫いたが鉄の音がした。どうやら下に鉄を着込んでいたらしい。
「ちいっ!?」
マグナスが追撃を加えようとすると、ヒューはさっさと後退し、口笛を吹いた。
大きな馬が馳せて来た。
「俺に一太刀入れたのは見事だったぞ、小僧。生きていたらまた会おう」
「待て!」
マグナスが声を上げる。だが、ヒューを乗せて馬は闇の中を疾駆して行ってしまった。
「隊長、御無事ですか?」
ダニエルが声を掛ける。
「ああ。正直肝を冷やした。皆には面目無いところを見せてしまったな」
マグナスが苦笑いする。
「そうでもありません。奴は服の下に鉄の鎧を着込んでました」
ダニエルが慰める様に言う。
「ありがとう。ヒューじいさんはあれでも、もとは王国騎士団員だった。フラマンタスは知らないか?」
「存じません」
「そうか。百人斬りの名は騎士団時代の異名だ。俺も憧れたものだが、今では盗賊か。本当に残念だな、ヒューじいさん」
マグナスは溜息を吐いた。
フクロウが鳴き始めた。
「さぁ、もうひと働きだ。各家に飛んで脅威は去ったことを伝えよう」
マグナスが言い、フラマンタスらは頷いた。




