フラマンタスの刃35
何事だ?
フラマンタスはもしやと思ったが、一階の扉が勢いよく開かれて出て来たのは宿の夫婦だった。
「何か嫌な予感がしやがる」
宿の主が言った。
ゾンビ化はしていない。いや、真紅の屍術師はその術により自在にゾンビ化させることができる。この夫婦には術をまだかけていないのではないだろうか。
「出ないで! 我々にお任せ下さい」
外に出ようとした宿の主をフラマンタスは制した。
フラマンタスが呼ぶよりも早くマグナスに姫ら全員が出て来た。
「窓から見たがどうやら盗賊の類の様だ。大雨で詳しくは見えなかったがゾンビではない」
マグナスが言った。フラマンタス以外、着の身着のままの状態だった。
「少し時間を貰おう。フラマンタスは先に敵の相手をしていてくれ」
「分かりました」
フラマンタスは階段を駆け下り、宿の夫婦とすれ違うと扉を開ける。地を穿つ雨の中、馬が乗り捨てられ、月明かりも無い村の中を影が動き回っている。
フラマンタスは扉を閉めて、馬のところへ歩んだ。
あちこちから悲鳴が聞こえ始めた。
「ひひひ、おっぱじまったな」
軽装のならず者はそう言い、初めてフラマンタスの様子に気付いたようだ。
「で、でかい!? 何だ、テメェは!?」
「教会戦士だ。お前達は盗賊だな? 殲滅する」
フラマンタスは十字剣を引き抜いた。
「ちっ、この野郎!」
賊の男は長剣を振り上げて斬りかかって来たが、フラマンタスは刃を振るい、その膂力で剣を断ち斬った。
「げっ!?」
驚く賊に無言でとどめを刺す。刃はクセで首を刎ねていた。
方々から悲鳴が聴こえる。村と言っても畑があり家々はそれぞれ点在していた。お互いの距離は近くは無かった。まずはどこを助けに向かおうか悩む間もなく、カンテラを手にしたマグナスらが現れた。
「ギュネさんには姫の護衛を任せた」
マグナスが言った。
「ギュネさんなら姫のことを守れます。それより我々はここでいったん散開し、それぞれ賊を討ちましょう」
フラマンタスが当然の提案するとマグナスは応じた。
「ダニエルはコモド殿と。アネーリオ君は私について来てくれ。フラマンタスは一人で大丈夫か?」
「問題ありません」
「分かった、それ、急ごう!」
一同は三方に分かれて駆けた。
西は入り口だ。フラマンタスは東へ、マグナスらは北へ、コモド達は南へ駆けて行く。カンテラの灯りが闇の中を裂いて行く。
声が聴こえた。
「金なら幾らでもくれてやる家族には手を出すな!」
男の声が聴こえた。見えた。松明を手にした賊が一人と、他に賊が二人。民家の前で家族をひれ伏せさせていた。
「うおおおっ!」
フラマンタスは吼えた。
その咆哮は雨にも負けず暗闇の中によく響き渡った。
賊達がこちらを向く。
畑を横切りながらフラマンタスは馳せた。
そして瞠目する賊を一刀の下に断ち斬った。
「な、なんだ、こいつは!?」
賊達が動揺する。
「教会戦士団だ。お前達を殲滅する!」
フラマンタスは雨に濡れている夫婦と娘と息子を見た。まだ誰もケガはしていない。
「や、やっちまえ!」
賊達が斬りかかって来るが、フラマンタスは乱雑な一撃を避け薙ぎ払った。その渾身の一撃は賊の胴を二人纏めて分断していた。
「さぁ、家の中へ」
「そ、それが」
家主が男が言い淀むと家の中から彼らにとっての戦利品を担いだ賊が次々出て来た。
馬の数を数えるべきだった。早く戻らないとギュネさんだけでは危ういかもしれない。
賊は五人いた。それぞれ泡を食ったように戦利品を放り出し、得物を抜いた。得物と言うほど扱いに長けているわけでは無いとは思うが、フラマンタスは容赦しなかった。
刃は風切り音を孕んで縦横に走り、たちまちのうちに賊を殲滅した。
「あ、ありがとうございました!」
家主の男が言った。
「子供の前で凄惨なところを見せてしまった。許して欲しい。とりあえず、今は家の中で固く閉じこもっておられなさい」
「はい!」
家族は家の中へ入り扉に錠を下ろす音が聴こえた。
フラマンタスの戦いはまだ続く。
だが、暗いせいでこれより先に民家があるのかも分からなかった。ただし声は聴こえる。声だけを頼りに進むしかないか。
と、思った時、馬蹄が轟いた。
新手か!?
と、振り返ったが、カンテラを提げた馬上の主は小さかった。
「教会戦士さん、道を案内してあげる!」
宿屋の娘リゼだった。
「お父さんの許しは貰ったのか!?」
だ、なんて悠長過ぎる。フラマンタスはリゼの前に跨った。馬が少しだけ悲鳴を上げた。
「この先、五軒民家があるわ」
「分かった、行こう。私の腰にしがみついて」
フラマンタスが馬腹を蹴ると馬は駆け始めた。
最初の一軒目に賊が屯していた。刃を家主ら家族に突き付け囲み、他の者が中で略奪を働いている。フラマンタスはそう見るや、馬から跳び下り、駆けた。
バシャリと足が水溜まりを跳ね上げ、いつの間にか更に豪雨になっていることに彼は気付いた。
こちらの咆哮にも今度は賊達は気付かない。若い娘が髪を掴まれ、引き立てられるところだった。家族は止めろと懇願するが、賊達は高笑いするだけだった。
そこに大きな影が馳せ参じる。
賊達はそこで規格外の巨躯を誇る人間を見上げた。
フラマンタスは次々、刃を振るった。
様子に気付いた中の略奪者達も手に手に武器を持って出て来たが、フラマンタスは容赦なく成敗した。
激しい雨の中、賊達は臓腑を散らして泥濘に沈んでいった。
「ありがとうございます!」
一家の父親が礼を述べる。
「家に入っていなさい! 我々が再び知らせに来るまで!」
一家はフラマンタスの言葉を受けて頷いて家に入って行った。
戻るとリゼが馬をこちらに駆けさせているのと出くわした。
「もう終わったの!?」
「ああ」
「え?」
「終わったよ! リゼさん!」
声を上げなければ近くでも聴き取りにくい状況だ。略奪を働く賊達にとっては都合の良い日のはずだった。
それから奥の民家を回ったが賊の事を知らなかったようで、誰もが寝耳に水と言った状態だった。だが、リゼがいなければすんなり信じてはもらえなかっただろう。宿屋の主達と違い、十字剣だけで察するほどの見識は持ち合わせていないようだった。
「リゼさん、来てくれて、ありがとう!」
「いいえ! 感謝してるなら一つお願いを聞いて欲しいの!」
「何だい!?」
「あの男の子の名前、教えて!」
「アネーリオ君だ!」
「ありがとう! アネーリオ君か」
雨は強くなる一方だった。雷も轟き始め、稲妻が空を過ぎり明滅する。
フラマンタスは東の安全は守れたとし、急いでひとまずは宿へ馬を走らせたのであった。




