フラマンタスの刃34
マリアンヌ姫の友、クリス君の案内で一同は藪と木々の間を抜け、街道へと飛び出した。
どうやらあまり人里とは離れていなかったらしい。しかし、そうでなくとも真紅の屍術師はしもべを繰り出してきたはずだ。
どこが安全なのかは分からない。あのゾンビ達がどこから来たかも分からないし、まだゾンビが残っている可能性だってある。行き交う者は誰もおらず、一行は村へと辿り着いた。
門番が居たことに一同はひとまず安堵した。
「油なんか背負って、この町を火の海にしようって算段じゃないだろうな?」
門番の鋭い問いに一行は閉口した。
するとマグナスがバッグのポケットから身分証を取り出した。
「これは、教会戦士の方でしたか。ああ、十字剣、確かに」
壮年の門番は通してくれた。
「おんや、いつの間にか空が暗い。一雨来るな、これは」
門番が言い、フラマンタスが見上げると、確かに黒い雲が一面を覆っていた。
「真紅の屍術師の仕業でしょうか?」
ダニエルが不安気に尋ねる。
「分からん、気を抜きたいところだが油断するな」
マグナスが言った。
宿を取り、賃金を上乗せすると、店主の娘と思われる少女がお湯の入った木の桶と、折りたたまれた清潔な手拭いを持って来てくれた。
さすがにギュネも仲間に入り、姫の護衛も彼女になら任せられることも前回の戦いで分かった。女性の裸を見せるのはもしかすれば良くないのではというマグナスとフラマンタス、コモドにダニエルの意見が一致し、アネーリオ少年は男の園の方で身体を拭いた。
まぁ、今更だけどね。というのはコモドで確かに彼の言う通りであった。少年と言えば、素直に従い、マグナスとフラマンタスの鍛えこまれた身体に興味を示していた。
「君凄いね、教会戦士の人と旅してるんだ。私も鎧とか剣とか自分の物が欲しいなぁ」
宿の娘はそういい、夕食に出て来た一行の中のアネーリオ少年に向かって言った。クセのある金髪を両肩から三つ編みにして垂らしている。少女は可愛かったが、アネーリオ少年は別段ときめきを覚える様子も無いようだった。
「鈍いねぇ」
コモドが言った。
「そうだな」
微笑ましい光景にフラマンタスも同意する。
「君もだよ」
コモドがフラマンタスに言った。
「え?」
尋ね返したがコモドは既にダニエルと話していた。
村に一軒きりの食堂兼酒場はいっぱいだった。ここの人々は狩猟と僅かに農耕をして暮らしているらしい。言葉の端々から、獲物のこと、作物のことが聴こえて来た。
一行は気が抜けなかった。いつ、真紅の屍術師の魔の手が伸びるか分からないからだ。
できることならオニキスのタリスマンを彼らに配りたかった。だが、持ち合わせは無い。持っていたら真紅の屍術師は確実に行動に出るだろう。フラマンタスは食事も上の空で神に祈っていた。
「どうか、俺のせいで奴の邪術の犠牲者が出ないようにしてください」
つい声に出てしまった。
食卓を囲む皆がこちらを見た。
「あなたのせいではありませんよ」
対座するマリアンヌ姫が心配するような顔で言った。
「そう……ですね」
フラマンタスは頷いた。
食事も終わり、宿に引き上げる。
宿の少女はまだ起きていて、アネーリオ少年に声を掛けた。
「私もあなたみたいに教会戦士になりたいな」
アネーリオ少年はフラマンタスから預けられた十字短剣を見せてかぶりを振った。
「違うんだ。俺、まだ十三だし、教会戦士じゃないんだよ」
すると少女は少し驚いたようにして言った。
「私、十四。私の方が年上だね。先に教会戦士になって君のことを王都で待ってるよ。それじゃ、おやすみなさい、お客様方。良い夢を!」
アネーリオ少年が応じる間もなく少女はクルクルと動いて下がって行った。
「少年、名前訊いておかなくて良いのか?」
コモドが尋ねた。
「何で?」
「おいおい、マジか、あんな可愛い子、将来美人になる子だぜ。今のうちにお近づきになってだな」
「別に興味ないよ。だって俺のお嫁さんはマリアンヌお姉ちゃんだから」
アネーリオ少年が熱い眼差しを姫に向ける。
姫は驚いたように目を瞬かせ微笑んだ。
「姫はどうお思いで?」
二階への階段を上がりながらコモドが尋ねた。
「私は」
その目が一瞬、先を行くマグナスを見たのをフラマンタスは気付いた。
「へぇ」
コモドはニヤリと笑った。
「誰にも言わないでくださいね」
「言いませんよ。コモドさんはレディーの秘密を軽々しくばらす様な男じゃない」
「あんたが言うと信用できないのよね」
ギュネが言った。
「酷いなぁ、ギュネっち。そっちの恋も応援してるんだけどな」
「え?」
ギュネが目を見開き、顔を真っ赤にして伏せた。
「相手さんは相当鈍いぜ。頑張れ、ギュネっち」
そうしてギュネとマリアンヌ姫、アネーリオ少年とマグナス、コモドとダニエルがそそれぞれ部屋に入る。
「フラマンタス、何かあればまず我々を起こすこと」
マグナスが去り際に言った。
「分かってます、隊長」
「いつも損な役回りですまないな」
「良いんです。どうせ、ベッドも合わないでしょうし」
「ハハハ……そのようだな。では、おやすみ」
フラマンタスはマグナスに敬礼で応じた。彼自身は階段の上り口に陣取り、見張りに就く。
宿の夫婦が上がって来た。
「どうしたんです、お客さん。鎧姿で、座り込んじゃって」
「いや、何、用心に越したことは無いと思ってね」
フラマンタスは応じた。
「来る途中、何かありなさったか? ギリの村が人っこ一人いなかったっては噂で聞いたけども」
宿のおかみが言った。
そうか。森や滝で追走してきたのは元々はここへ来る途中の村の人々だったのだな。
「あちこちでゾンビの話も聴きますし、世の中どうなっちまうんでしょうか」
今度は主人の方が訊いてきた。
「我々も、仲間の教会戦士達も最善は尽くしている。騒動は必ず収まる。だから何も気にすることはありません。ここで座しているのは職業病というやつで、誰かが見張りをしていないと落ち着かない感覚に襲われてしまってね」
「教会戦士さんもさすがに御苦労なさるのだな。うちのリゼが教会戦士になるんだと息巻いていますが、どう思われます?」
再び宿の主が尋ねて来た。
「お嬢さんの意思の赴くままに後悔の無い人生を送らせてあげて下さい。教会戦士も危険な任務は多いですが、王国騎士団と双璧を成す強者達の集団です。ご安心ください」
「教会戦士さんがそう言うなら。何にせよ、無事でいてくれさえすればとは思っておりました。それでは、我々はこれで」
「ええ、おやすみさい」
夫婦が去ると辺りは途端に静かになる。
フクロウの声が聴こえる。
フラマンタスは神に祈った。
が、途端にフクロウの声が鳴き止んだ。
代わりに聴こえたのは馬の嘶きと大勢の男の声だった。




