フラマンタスの刃29
夜明け前にフラマンタスは目を覚ました。マグナスも隣で半身を起こした。
「おはよう、カラスが来る前にやるとしようか」
「ええ」
二人は鎧を装着し、フラマンタスが扉を開ける。木製の扉は蝶番を軋ませて開いた。
「もう脅威は無いとして、ギュネ殿はどうしようか」
マグナスが尋ねて来た。
「この町で生き抜いたのです、有事の際も自分で何とか出来る機転はあると思います」
「分かった」
隣の扉が開きマリアンヌ姫と、アネーリオ少年が防具に身を包んで現れた。
下ではコモドとダニエルが立ち上がって待っていた。
まだ日も昇らぬ午前三時。フラマンタスはコモドと共に行動することになった。マグナス側はマグナスを入れて四人だが、姫が要人である以上、それに彼女の側を片時も離れないアネーリオ少年を思えば自然とこうなる。
「ダニーボーイ、頑張れよ」
「コモドさん達も」
宿の前で別れた。
この宿は大通りの分岐点にあった。町全てをフラマンタスらが担当する。マグナスらは街道だ。まずは見落としがあるかもしれない。用心深く民家の戸を開け、敵がいないことを見ると、油の入った缶を探す。多くは台所にあった。
「猛牛の里に行けばまとめてドンとあるだろうな。西の油は隊長さんらのために手を付けないでおきたいし」
コモドが両手に銀色に輝く缶をそれぞれ手にし外に出る。
さっそく乾いた血の染みに横たわる首の無い死体に油を振りかける。フラマンタスは火打石を鳴らし、死体は炎を上げた。
「どんどん行こうぜ」
「了解」
コモドに励まされ、フラマンタスは思った。今の俺はコモドに依存しているのでは無いだろうか。隊長にも依存し仲間にも依存する。敵の狙いは俺で、俺のための旅でもあるのに、これで良いのだろうか。
「どしたの? 臭いキツイか? 吐きそう?」
コモドが尋ねて来た。
「いや、ありがとうコモド」
「何か知らないけどどういたしまして」
そうか、これが仲間なんだ。巡り巡って俺が主人公を務める時が来るだろう。その時、大いに皆の役に立てれば良い。
油を入手しながら死体を焼いて行く。まだ日も昇っていない。フラマンタスはカンテラを握っていた。
そうやって歩いていると日が昇り始めた。
「カラスが来ちまうな。急ごう」
コモドが言い、フラマンタスはカンテラを置き頷いた。
2
起きたら誰もいなかった。
ギュネは混乱していた。昨日、確かに赤い髪で赤い目をしたコックと、ドデカイ奴と、あとは女、確かマリアンヌ。他に気の弱そうな男と、あたしを子猫呼ばわりした奴と、ガキンチョがいたはずだ。
それが静まり返った宿の部屋を見て回っても誰もいない。荷物も無い。
まだ五時半だよ。もう旅に出たわけ? 一言も無しに、それもこんな可愛い女性を一人置いて。王国の先遣隊とか言ってたけど何て無責任な連中なの! これだから役人はキライ。
ギュネは首に提げたオニキスのタリスマンを見た。
マリアンヌが言っていた。それは肌身離さず持っているようにと。真紅の屍術師とかいうゾンビ騒ぎの邪悪な術を跳ね返す効果があるらしい。嘘でもホントでもゾンビにはなりたく無いし、インチキ占い師だって師の形見は形見だ。放すもんか!
ギュネは祖父から受け継いだ短い槍を手に外に出る。
静かな物だった。だが、違うことがある。例えば、腐っていた臭いに交じって焦げて甘い臭いがする。決して良い臭いではない。
猛牛の里にでも行って朝飯にしよう。
そうして火の着いた燃え上がる死体を目にし、ギュネは驚いた。
誰がこんなことを!? あ、でも火葬にするには賛成だ。何せ数週間前に埋めた死体が墓からのっそり出て来るのをギュネは屋根から目撃していた。
あいつらね。
ギュネは燃える死体の後を辿り、北へと行くことにした。北には猛牛の里がある。あいつらにはいつか会えるとして、今は新鮮なフルーツの挟まったパンを食べたい気分だった。
パンにカビが生えていないこと、ゾンビの生き残りがいないことを願いつつ、彼女は槍を手に駆け出した。
3
猛牛の里で大量の油を入手したフラマンタスは缶を片手に四缶、背中には縄を潜らせて十缶背負っていた。
「良く燃えそうだね」
「そうだな」
二人は冗談を交わし合い死体に油を注ぎ火を着けて回る。今は中央から北と東を終えて南へ回るところだ。時刻は何時だろうか。六時ぐらいか。ゾンビの肉を食べてトロルは変異したが、カラスやネズミなどの腐肉あさりはどもはどうにかなってしまうのだろうか。それとも噛まれたらゾンビ化する毒を宿したりはしないだろうか。マグナスとフラマンタスの懸念だが、コモドも理解しているらしい。死体にネズミが集まってるのを見るや、追い散らした。歯向かうネズミはいまのところはいなかった。
「ネズミならさ、ネズミポイポイでやっつけられるけど、カラスはそうもいかないからね」
「ああ、急ごう」
二人が歩んだ時、背後から駆けて来る足音を聴いた。
「こらー! よくも置いてけ堀にしたわね!」
ギュネと名乗った女性が槍を振り上げ追いついてきた。
「おはよう、ギュネさん」
フラマンタスが言うと、ギュネは口をパクパクさせた。走ってきたためか顔が赤らんでいる。彼女は大袈裟に咳払いした。
「ひ、一声かけてくれても良かったんじゃない?」
「いやぁ、メンゴメンゴ」
「アンタには言って無いんだけど」
「だ、そうです、フラちゃん」
コモドに言われ、フラマンタスは頷いた。
「確かに隠れ潜む脅威が無いとは限りませんでしたが、急いでやらねばならない任務のため、やむなく。申し訳ない」
フラマンタスは相手を見降ろして長いまつ毛の下にある茶色の瞳を見つめて謝った。
すると相手は目を反らし、自分の腰に手を当てた。
「まぁ、今回は許してあげるわ。それとあたしも手伝うから。この町の最後の生き残りとして責任を果たさなきゃね……」
ギュネが目を伏せて言い、フラマンタスは彼女が孤独になってしまったのだと察した。彼女は王都までの孤独な旅を続けられるだろうか。天災の問題ではなく、気持ちの問題としてだ。だが、自分達に同行させるにはあまりにも危険過ぎる。
「缶」
「え?」
「ちょうだい」
「あ、ああ、お願いします」
フラマンタスは一つの缶を渡す。彼女が死体に油を注ぐ。
言葉通り、責任感の強い女性なのだな。
フラマンタスは彼女を軽視していたことを素直に認めた。
そうして三人は任務を遂行していったのだった。




