フラマンタスの刃26
このまま東部の果てまで旅をすることにした。
相手さんが楽しみに待ってるって言うんだから、そんなわざわざ進路を複雑にはしないと思うけどね。と言うコモドの意見が最終的に通った。無人となった村から立ち去り、歩み続ける。マグナスの言った通り、向こう側からは誰も歩いて来なかった。
マグナスが先を歩み、ダニエルとコモド、マリアンヌ姫とアネーリオ少年が後に続いた。フラマンタスは最後尾だった。
昨夜の出来事が鮮烈に後悔として脳裏に残っている。あそこで奴を斃せれば……。
「皆止まれ」
マグナスが声を上げた。
すると聴こえる。死者の鳴き声だ。街道の向こうからゆらりゆらりと歩んで来る。
「姫はアネーリオ君と一緒に我々と間合いを取って続いてください。他は私に続け」
マグナスが言い、早歩きになる。コモド、ダニエル、フラマンタスも続いた。
ゾンビは最近変化をしたらしく、よろめいてはいるものの足取りはしっかりし、肉体の腐敗も殆ど見られなかった。
「アアアッ!」
耳をつんざく叫びを上げて腕を振り上げ、歯を剥き出しにし、ゾンビは咆哮を上げて襲い掛かって来る。
フラマンタスは十字剣に手を掛けた。
2
ギュネはインチキ占い師だった。この騒ぎで外に出られず、今は扉の鍵を閉め、その後ろに家財を積んでいた。静かに息を殺し、いざとなったなったら二階の窓から屋根伝いに逃げるつもりだった。屋根の上なら奴らも追っては来れまい。ただ、問題なのは季節がどんどん夏に向いていて昼夜を問わず暑いことだ。屋根にいれば安全かもしれないが蒸し焼きになるだろう。
最初、方々から上がる叫び声が何だか分からず飛び出した彼女だったが、通りには倒れている人が溢れ、ただただ驚くばかりだった。そのうちノッソリと人々は起き上がり、凶暴な声を上げてギュネ目掛けて襲い掛かって来た。それが二日前のこと。分かっていることと言えば、ギュネのインチキ占いをインチキだと気付いている人はもうこの町にはいない確率が高いということだ。
ギュネは家に飛び込み、鍵を掛けた。そのうち扉を乱暴に叩かれ、彼女は祖父の形見の研ぎ澄まされた短い槍を手に扉と睨みあっていた。直後に一階の窓という窓の鎧戸を下ろした。
バンバン、ガンガン、ドンドン。破壊的な音が四方八方から響き渡り、ギュネは緊張したまま家の真ん中に立っていた。ここなら玄関も窓も見渡せるからだ。
人々は何故、急にこうも鬼のように成り果ててしまったのだろう。生き残りはいるのだろうか。彼女はインチキ占いの師である老婆から受け継いだオニキスの首飾りを握り締めていた。
狂った人々の咆哮は戸を叩く音と共に心臓に悪かった。
私の他にも正気な人がいるなら合流したいところだ。しかし、それは難儀だとギュネは屋根から見下ろして気付いたのであった。
風が緋色の長い癖毛を撫で付ける。通りは狂った人々で溢れ、ギュネの家は特に分厚く包囲されていた。
みんな、本当にどうしたの?
それが一夜明け、眠れぬ夜を一階で過ごしたギュネは再度屋根へと上がって様子を見る。
すると一部がまるで操られたかのように西を目指して進んでいた。前の通りも後ろの通りも。ただし、未だに狂った人達は顕在でギュネの家を相変わらず乱暴に両手で叩いていた。
ギュネは一階へ降り、怖い思いをしながら荷物をまとめた。と、言っても僅かな保存食だけしか取れなかった。何故なら鎧戸を壊し、窓ガラスを割って奴らが入って来たからだ。
断じて占いにイチャモンをつけに来たわけではない。最初の男が身も凍るような絶叫を上げ、ギュネに襲い掛かって来た。
ギュネは慌てて階段を駆け上がり、屋根に出た。
すると六人ほどの狂った町の人がギュネを追って屋根に現れた。
鬼のようだが、見知った顔ばかりだ。ギュネのインチキ占いを信じ込んでいた人々だ。罪の意識を感じたが、奴らは、このまま自分を食べようとするのではないか。と、ギュネは危機感を抱き、一か八か、加速をつけて隣の家の屋根に飛び移った。狂った人々は前進しそのまま下に落ちて行った。脚を折った者もいたようで、歩き方が変だったが、それでも歩くことを止めない。だが、ギュネの家の包囲は解かれ、彼らは虚ろな鳴き声を上げて通りに佇んだ。
ギュネは飛び移った隣家の二階の窓ガラスを槍で割り、中へと入ると、誰もいないことにほっとした。そして気付かれないように一階へ降り鎧戸を締め、入り口を施錠し、家財をその後ろに置いたのだった。
嗚呼、神様、一体何が起こってるの?
彼女はオニキスの首飾りを掴み震えている己に気付いたのであった。
3
ゾンビは続々と東方面から続いてくる。
奇襲などは無かったが、まだまだ新鮮なゾンビ達は耳障りな咆哮を上げてこちらを掴んで噛み付こうとしてくる。
フラマンタスの十字剣が一刀両断に脳天からゾンビを真っ二つにしたが、二つに分かれたゾンビは血と脳漿と臓物の中を這ってこちらの足に噛み付こうとした。フラマンタスは鉄製のレガースでそれぞれの脳を踏み潰し、再起不能にした。
ダニエルは勇猛な声を上げてコモドの隣で奮戦している。コモドは長剣の扱いのコツが分かったようで、次々敵の首を刎ねていた。マグナスは鼓舞の声を上げて、波打った刃の十字剣で敵を慣れた動作で仕留めている。
だが、さすがに疲労の波が一同を蝕んでいた。合計百体以上は斃し、進んで来たが、ゾンビはまだまだ湧いてくる様子だった。昼も近くなり、一同は汗を飛ばして刃を振るっていた。
「油断するな! 疲れこそ敵だと思って剣を振れ!」
マグナスが声を上げる。
「おうさ!」
「はいっ!」
コモドとダニエルが応じる。
「はっ!」
フラマンタスも続いた。
血染めと骸の街道を一同は斬り進んで行く。
マリアンヌ姫とアネーリオ少年も見ていられず加わりたかった様子だが、マグナスが止めた。
それから疲労が困憊になり夕暮れになって街道を歩いてくるゾンビはいなくなった。
俺達はやったのだ。
フラマンタスは荒い呼吸を吐いた。ダニエルもコモドも地面に伸びていた。
「御苦労様です」
マリアンヌ姫が言った。
「マグナス、どうします? このまま夜の町に入るのは危険だと思いますが」
姫が問うと隊長は頷いた。
「そこで夜を明かしましょう」
彼は街道脇の茂みを指さして言った。
「できれば死体を処理したかったがこの距離を戻るとなると夜中になってしまうな」
マグナスは言った。おそらくは先のトロルのように死体を食べてアンデット化し、突然変異を起こす敵のことを心配してのことだろう。油を缶で四本運んで来ている。フラマンタスは進言した。
「処理しに行きましょう」
もしも何も知らない旅人が西から訪れたら驚くかもしれない。それに討ち漏らしがあったら……。
「分かった、フラマンタスは私ともに来てくれ。他の皆は姫の護衛を頼む」
「任せて」
アネーリオ少年が応じた。その言葉に元気をもらうと油の入った缶を両手にフラマンタスはマグナスと共に元来た道を戻り始めたのだった。




