フラマンタスの刃25
静かな夜だ。
フクロウ、そしてこの夏の前に鳴く特有の虫の音が聴こえる。
人気の無い小さな村の中央に来るとフラマンタスは満月を見上げて吼えた。
「真紅の屍術師! 俺ならここだ! 出て来い!」
フラマンタスの声は闇に呑まれ、鳥や虫の鳴き声が再び微かな夜の音として周囲を支配した。
彼は自暴自棄になりかけていた。この村の人々に対する仕打ち、その他、自分が赴いたところで犠牲になり刃に刎ねられた人達のことを思い悩んでいた。だが、この呼び掛けに応じる者はいないだろう。フラマンタスはそう思っていた。
人気の無い村のはずだった。戦士として磨かれた彼の勘も、虫や鳥も気付けなかったらしい。
「お久しぶりですね」
嘲笑うように目前の闇からふらりと姿を見せたのはフードと長い胴衣を纏った影だった。フラマンタスは驚きつつ言った。
「何故、このようなことをするのだ?」
哄笑の後、相手は応じた。
「この世界は長く平和に浸かり過ぎたのです。壊してみたいのですよ、神の持ち物であるこの世界を。元々運命を狂わせるのが私の役目ですからね」
「まるで運命神のようなことを言う!」
フラマンタスはあまりにも身勝手極まりない理由に激高した。失われ、蘇り、殺されていった多くの者達の怒りが彼を手を腰の十字剣へと伸ばそうとするが、寸前に怒りを鎮めた。
「私を狙っているのか?」
その答えは微かなクスクスという笑い声だった。月の光りが照らす仮面の口元に手を持って行き女のように笑う。
「答えろ」
フラマンタスは相手に近寄っていた。そして手を伸ばし、その胸倉を掴み上げていた。途端に彼は我に返った。
斃せる。
刹那、両手を放し、十字剣を抜き放った。
だが、相手は待ち構えていたようにサッと影を残して後ろに引いた。
こうなっては、もはや、問答は不可能。
フラマンタスは己の軽挙さを呪い、相手を殺すべく駆けた。
左から、右から、下段から来る剣閃を嘲笑い相手は避け続ける。
「貴様、逃げてばかりか!?」
フラマンタスは苛立ち声を荒げた。
「フフッ、一つ言っておきましょう。確かにあなたは私のお気に入りの玩具の一つです。長く孤高を貫き通したあなたが好きだった。ですが、真の絶望を見せたくなった。私は仲間という存在をあなたに与えたのです。あなたなら命よりも他人を選ぶはず。孤高の人を貫いても奥深くに根付いている慈悲と友情、優しい心までは消し去り切れません。なので、宣言しましょう。あなたより先にあなたの仲間をこの手で葬ることを。より強い恨み、復讐を持って、この旅路の果てで私は待っていますよ、フラマンタス」
真紅の屍術師はそう言うと哄笑し霞のように消えて行った。
「フラちゃん!」
後ろからコモドや仲間達が駆けて来た。
「皆」
フラマンタスは驚いたが、それは仲間達の方だったようだった。
「剣を出して、何があったんだ?」
マグナスが問う。
「隊長」
フラマンタスは悩んだ。誤魔化すか、それとも今あったことを打ち明けるべきか。
「真紅の屍術師と対面しました」
フラマンタスは話すことにした。
「そうだったか」
マグナスは落ち着いた声で応じた。彼の声を聴くと心が少しだけ安らぐような気がした。
「皆はどうしてここに?」
フラマンタスが今度は尋ねた。全員、着の身着のまま駆けて来たらしい。武器は携帯していたが。
「姫が胸騒ぎがすると言ったのだ。そしてコモド殿からお前が散歩に出かけたと聴いて」
マグナスが代表して答えた。月明かりがこちらを不安気に見上げる仲間達の目を映す。
「やはり狙いは私だった。奴は私を苦しませるために、皆を巡り合わせたと言っていました。皆が死ねば俺がより奴を憎むだろうと、ただそれだけが目的で」
「そんな運命神みたいなことをできるわけがありません! フラマンタスさんに自責の念を起こさせるためにわざとそう言ったに違いありません!」
マリアンヌ姫が猛反論した。彼女は両の拳を握り締めていた。
「マリちー、落ち着いて」
コモドが言った。
「私は短慮でした。そして絶好の機会を逃しました。どうせ奴を斬るなら今だったはず。なのに刃は全て空回りするだけで……。奴は言ってました。この旅の終焉で待っていると」
フラマンタスが言うと姫が応じた。
「敵の言葉を信じるなんてしたくはありませんが、目的地は決まりましたね。旅の終焉という目的地が何処かは分かりませんが、それでも彼の者とはいずれ決戦するということです」
マリアンヌ姫が言うとダニエルが頷いた。
「ですが、私の進むところ、ゾンビだらけになるというそう予告したようなものです。私はここで果てるべきなのかもしれない」
「フラ兄ちゃん!」
アネーリオ少年が驚きの声を上げる。
「馬鹿なことを言わないでください! それこそ敵の思う壺です!」
マリアンヌ姫がピシャリと言い切った。
「姫、私は、いや、俺はどうすれば」
フラマンタスが問うと姫は言った。
「皆で旅の終焉まで進みましょう。罪を分かち合いながら」
「そうですね」
ダニエルが応じ、マグナスとコモドも頷いた。アネーリオ少年はあまりよく分かっていないようだが言った。
「シスターエレッタの仇を討ちたい」
その言葉にフラマンタスは深く深く感謝した。俺の作る罪を皆が共に背負ってくれるのだ。犠牲となる者には申し訳ないが、この先で奴を斬らねば被害は各所で増える一方だ。
「すまない、皆」
フラマンタスはそう言うだけで精一杯だった。胸が熱い。この素晴らしき仲間達と共に歩んで行くのだ。
「さぁ、明日に備えて戻ろう」
マグナス隊長が魅力的な声を上げ、一同は宿へと引き上げて行く。
フラマンタスは最後にもう一度背後を振り返ったが、そこには闇しか無かった。
仲間達はああ言ってくれて嬉しいが、俺が絶好の機会を逃したのは事実だ。俺はさっそく罪の一つを犯したのだ。
「戻りましょう」
先を歩いていたマリアンヌ姫が振り返って声を掛けてくれた。
「ええ」
フラマンタスは歩き出した。フクロウと虫の声が聴こえる。真紅の屍術師と対峙した時にそれらが鳴いていたか、思い出せなかった。




