フラマンタスの刃24
目にも止まらぬ速さで迫る触手を避けると、それは墓地の入り口にあった右側の木を貫通した。
これは金属鎧でも当てにはできないぞ。
フラマンタスは覚悟を決め、またも目にも止まらぬ速さで戻る触手を追い十字剣を振り上げた。
トロルが棍棒を振るったため、彼は後方に退いて避けた。重い風の音色と大きな黒い影が目の前を横切った。
フラマンタスは尚も触手を見て信じられない思いだった。トロルの突然変異。ゾンビの腐肉がもたらした悪夢だ。
後方、トロルの背から仲間達が駆けつけて来た。
トロルの首が背後を振り向くや、跳躍した。
敵は仲間達の前へ降りると棍棒と触手を振るった。
ダニエルが弾かれ、マグナスは姫を守り、コモドが触手に捕まれた。
「ちょっ!? 何だよ、これ!」
コモドが声を上げる。フラマンタスは駆け出していた。
到着するや触手に巻かれ高々と掲げられたコモドをトロルが大口を開けて一飲みにしようとしていた。
「うわああっ!? マジかよ、俺っち伝説、ここまでかあああっ!」
絶叫するコモドだが、マグナスがトロルの足を斬った。
すると、トロルは体勢を崩し、触手が緩んだのか、コモドが這い出てきた。ダニエルも無事だったらしく合流しサーベルを向ける。
と、トロルの斬られた足の傷口から触手が無数現れた。
天高くの伸びる、ヌラヌラした五本の細い触手がマリアンヌ姫らに襲い掛かるがマグナスが全て切り落とした。地面に落ちた触手は蒸気のような煙を上げ、ドロドロに溶けて、ただのシミになった。
フラマンタスはトロルの背後に迫ったが、腕の触手が目ざとく気付き、こちらに向かってきた。
「フラちゃん!」
コモドが声を上げるが、フラマンタスは少し避けて、横合いから触手を掴む。今が好機だと彼は思った。
「トロルの首を! こいつはアンデット化してます!」
「了解!」
コモドが身軽な動作でトロルの棍棒に飛び乗り、頭の後ろに取りついた。棍棒を放し、彼を掴もうとする手を懸命にもマグナスは斬らずに捕まえた。斬れば新たな触手が出ると懸念したのだろう。
コモドが長剣でトロルの首を突き始めた。
血が飛散する。
触手が戻ろうと懸命に足掻いているが、フラマンタスは放さなかった。本当ならこんな気持ちの悪いものを小脇になど抱えたくはなかった。マグナスもダニエルが加わり、トロルの腕を抑え込んでいる。
「コモド兄ちゃん、早く早く!」
アネーリオ少年が声援を送る。
そしてようやくトロルの首が剥がれ落ちた。
大量の血を被る前にコモドは脱出し、よろめく巨体を皆で見詰めていた。
トロルの身体が崩れ落ち、触手もまた宿主を失ったためか動かなくなった。フラマンタスはようやく手を放した。
「終わったのですか?」
ダニエルが恐る恐る問う。
「ああ、終わった」
マグナスが応じる。
「こんな突然変異をするなんて、急いで本部に知らせないと」
マリアンヌ姫が言った。
「道々、マグナスに聴きましたし、ゾンビの死体が無いのも目にしました」
「墓場に討ち漏らしたゾンビがいた。トロルはそれも食べた。トロルがゾンビの亡骸を食べたのは確実になります」
フラマンタスが見たことと結論を報告すると、マグナスは指示を出した。
「フラマンタスとダニエルは、姫の護衛を頼む。コモド殿とアネーリオ君は私と共に墓場を確認しに行こう」
それぞれが分かれる。静かな小さな村内にようやく小鳥の鳴き声が戻って来た。
宿に入るとマリアンヌ姫は、いつもは二つにしていた艶やかな長い黒髪を後ろで一本に結んだ。まるで気合を入れているかのようだった。筆を取り、フラマンタスから訊き出しつつ、トロル離れした跳躍力と変異の様子を手紙に書き記していた。マグナスらが戻り、墓場は掘り返され、食べられたのは最近死んだ者ではないかという意見が出た。ゾンビと言えば墓場の印象が湧くが、今まで墓場から出たゾンビはいなかった。今後は墓場の管理も徹底すべきであり、むしろ火葬することを御触れに出すようにマリアンヌ姫は書き加えていた。
「クリス君!」
マリアンヌ姫が窓を開けると、鷹ぐらいの馴染みの鳥が入って来た。
姫はその脚に手紙を結わえた。
「クリス君、お願いね」
「ピー!」
鳥は羽ばたいて行った。
「トロルを燃やしてしまおう」
マグナスが言った。
「遺体が無かったりしてね」
「怖いことを言わないで下さいよ、コモドさん」
ダニエルが本心から身震いするように言った。
「フラマンタスとコモド殿で行ってくれ。我々は姫の護衛をしつつ、街道を来るはずの余所の人間達に事情を説明することにする」
「分かりました、隊長」
「行こっか、フラちゃん」
マグナスの指示に従い、フラマンタスとコモドは宿の外に出た。そして北へ北へ進んで行く。
小鳥の鳴き声が聴こえるのが救いだ。
トロルの亡骸はそこにあった。大量の自らの血の溜まりに浸かっていた。フラマンタスとコモドは途中で民家から拝借した油を亡骸に注いで火打石を鳴らした。高い音と共に火が点きトロルの死体を覆う。既に腐肉になっていたのか、香りは甘かった。
二人はそのまま炎を見詰めていた。
途中アネーリオ少年からパンの差し入れをもらった。トロルの巨体が完全に灰と骨と化したのは夕暮れだった。
二人は宿に戻り報告した。
だが、マグナスの表情は浮かなかった。彼は言った。
「西はまだしも、東から誰も来る様子が無い」
その言葉が何を示すのか理解できるところだった。
「ゾンビになっちまったか。……俺達を待ってるんだな」
コモドが言った。
「東には町があるそうです」
ダニエルがフラマンタスとコモドに補足した。
「だが、偶然誰も来なかったということも考えられる。だからと言って教会戦士団の援軍を連れて行けば、もしも町の人間が無事だった場合、真紅の屍術師の魔の手が伸びるだろう」
マグナスは言った。フラマンタスも同感だった。
「まぁ、行ってみるしかないでしょ。俺らの目的は真紅の屍術師を退治することなんだから。探さなきゃ何も出やしないさ」
コモドが諭すように言った。
「そうですね、早くこの騒ぎを終わらせるためにも行くしかありません」
姫が言い、マグナス隊長は彼女を見て頷いていた。
「ひとまずは明日ここを出よう。さぁて、今日も私が料理当番かな? アネーリオ君手伝ってくれ。パンをすり潰して粉にするんだ。芋がたくさんあったから今日はコロッケとしよう」
マグナス隊長は気を取り直すように明るい口調で言った。
その夜は昨日と同じ布陣で一同は夜を明かすことになった。
フクロウの声が聴こえる。夜の村は平和らしい。平和? いや、違う。平和は既に奪われた。この先も同じ事態が待っているだろう。フラマンタスは姿を見せなくなった真紅の屍術師を早く討ち取りたい気分だった。
やはり狙われているのは俺なのだろうか。フラマンタスはふと、立ち上がった。
「どしたの?」
見上げてコモドが尋ねた。
「夜の散歩をして来る」
「分かったけど、油断しちゃ駄目よん」
「ああ」
フラマンタスは一人、外に出たのであった。




