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フラマンタスの刃21

 マグナスは一人先行していった。

 フラマンタスはダニエルと、その肩にもたれかかるようにして歩くコモドと共に歩んでいた。コモドを背負いたかったが、この待ち伏せの一件を考え、背後に敵が現れないとも限らず、フラマンタスは二人の後に続いていた。

「寒い」

 コモドが言った。

「しっかりして、コモドさん」

「俺っちが今何を考えてるか分かるか? ダニーボーイ」

「ええ、何となくは」

「ヘヘッ、お前さんの首筋に噛み付いて皮膚と肉を破って血を舐めたいとそう考えているんだ」

「コモドさん、しっかり! あなたなら耐えられる! あなたより軟弱な私でさえ、一日近くは保ったのですから!」

 ダニエルは経験者として辛抱強く傭兵を励ましていた。

「そうだな、一日近く。ダニーボーイ、お前さんを尊敬するぜ」

 コモドはそう言った。

 フラマンタスは噛まれた場合のゾンビ化には個人差があることを知っていた。コモドの場合、症状が回るのがやけに早い。このままではコモドの言う通り、彼はゾンビになってしまうかもしれない。

 そしてマリアンヌ姫とアネーリオ少年のことも心配だった。

 時折、マグナスが呼び掛ける声が聴こえたが、返事は返って来なかった。

 フラマンタスは沢へ跳び下りたかった。だが、コモドとダニエルを守る者がいなくなる。マグナスはどのぐらい先行したのだろうか。

「くそっ、何だか俺が俺じゃ無くなるみたいだ」

 コモドが言った。

「コモドさん、頑張って! 姫様達と合流するまでの辛抱ですよ!」

 ダニエルが励ます。

「ダニーボーイ、そうやって俺に声をかけ続けてくれ。俺はそっちの趣味は無いが、今はどんな綺麗な女の声よりも、お前さんの声の方が魅力的だ」

「分かりました、コモドさん」

 そうやって取り留めない話を精一杯ダニエルは語り、コモドを勇気付け、自我を保たせる。もしも、ダニエルの語りが終わったら。

 考えたくも無い。

 前方からゾンビの声が聴こえた。

「フラマンタスさん!」

 ダニエルが呼んだ。

「行け、フラちゃん、俺っちなら耐えて見せるから。隊長さんを助けに行って来い」

 コモドが弱弱しく振り返り、強い口調でそう言った。

「分かった、コモド、踏ん張れよ!」

「おうさ」

 フラマンタスはその声を聴いて駆け出したのであった。



 2



 マリアンヌ姫はアネーリオ少年に手を引かれていたが、その固く結ばれた温もりを放さなければならなくなった。

 薄い闇の中を水を掻き分ける音を立てながら、ゾンビがよろよろと歩んで来た。

「お姉ちゃんは待ってて」

 アネーリオ少年はそう言うと駆けた。そして高い跳躍力でゾンビの顔面に跳び膝蹴りをぶつける。膝当ての尖った突起がゾンビの腐った鼻面を突き破ったが、敵はまだまだ動く。アネーリオ少年はフラマンタスから借りている十字短剣を抜いた。

 だが、アネーリオ少年ではゾンビの首を断つほどの力は無いだろう。マリアンヌ姫はそう判断すると少年の手を引いて先へ先へ駆け出した。

 ゾンビ達が無数待ち構えていた。

「マリアンヌお姉ちゃん?」

「ごめんね、アネーリオ君。今はこうやって相手にしないで逃げるのが一番の策よ。しっかり目を開いて走ってね」

「うん、分かった」

 アネーリオ少年は素直にそう応じてくれた。

 沢が上りになり、加速が遅くなる。だが、ゾンビ達は容赦することなく、繊維が剥き出しの腐った腕を伸ばし、消え入りそうな嫌な声を上げて道を阻んで来る。

「やあっ!」

 マリアンヌ姫は右手に握ったセスタスでゾンビの顔面を殴り飛ばした。

 ゾンビは仰け反り、よろめく、その肩口に回し蹴りを入れると倒れた。

「お、お姉ちゃん……カッコ良い!」

 アネーリオ少年が言い、マリアンヌ姫は恐怖など忘れて舌を出して照れ笑いを浮かべた。が、ゾンビが起き上がるのを見ると再び少年の手を引いて駆け出した。

 ずいぶん前から配置されていたみたい。

 マリアンヌ姫はゾンビ達の腐りきったボロボロの身体を見て思った。それとも真紅の屍術師はゾンビを移動させる手段を持っているのだろうか。誰かが沢に落ちることを予期していたのだろうか。

 妙な疑念が過ぎり、思慮の深淵に呑まれそうになる前にマリアンヌ姫は少年と共に沢を上り切っていた。長い長い坂だった。隣には道がある。ようやく合流できたのだ。



 3



 マグナスが三十を超えるゾンビを相手にしていた。フラマンタスは咆哮を上げ、馳せ参じ、剣を振るって二体の首を刎ねた。

「フラマンタス、二人はどうした?」

 マグナスが訝しむように尋ね、不意に真っ赤な目を見開いた。

「まさか」

「ご安心を、二人なら大丈夫です」

「なら良かった。すまん、半分を頼む」

「承りました」

 フラマンタスとマグナスは揃って声を上げゾンビを斬り捨てた。

 そのまま前方へと二人は駆ける。マリアンヌ姫が心配だ。特にマグナスとしては姫の無事の方をコモドとダニエルよりも優先させるだろう。そう薄情なことを考える己が嫌だった。自分だって彼の隣を駆けている。マリアンヌ姫とアネーリオ少年のこと、ワクチンのこと、コモドのこと、誰の命が重要じゃない、平等に急がなければ!

 次に現れたのはやけに背の低いゾンビだった。フラマンタスは剣を振るおうとしたが、その間に脇から入り込む者がいた。ゾンビじゃない動きにフラマンタスは剣を止めた。

「フラ兄ちゃん、俺達だよ! ゾンビじゃない!」

「アネーリオ君か!」

 フラマンタスは歓喜してそう声を上げていた。マリアンヌ姫がその隣を歩んで来た。

「こんなに可愛いのにゾンビだと思ったんですか?」

 姫は抗議するように言った。

「姫様、御無事の様で良かった」

 マグナスが応じた。

「沢にゾンビ達がいましたが、回避してきました。掃討をお願いします」

 マリアンヌ姫が言うとマグナスは頷いた。

「すぐに出向きますが、コモド殿がゾンビに噛まれました」

 マグナスの言葉を聴きマリアンヌ姫とアネーリオ少年は驚いたように目を見開いた。

「容体は?」

 マリアンヌ姫の言葉にマグナスはフラマンタスに視線を向けた。全員の目が彼に注目する。

「症状が回るのが早いです。急がなければ」

「行きましょう!」

 フラマンタスとマリアンヌ姫は共に駆けた。

 駆けたところで二人を見付けた。

 ダニエルはコモドから離れ、サーベルを抜いていた。

「コモド?」

 フラマンタスが進み出て問うと、コモドはゾンビの鳴き声を上げ、手を前に突き出しよろめき歩いてきた。

「残念ながら」

 ダニエルが悔しそうに言う。

「コモド……」

「そんな」

 マリアンヌ姫が息を呑んでいた。

 フラマンタスは十字剣を掲げた。

 コモドを斬らねばならない。

 いや、もうあれはコモドじゃない。

 フラマンタスが距離を近づけると、突然コモドが笑い声を上げた。か細い、消え入りそうな笑い声だった。

「ごめんよ、早くワクチンをくれ」

「コモドさん!」

 コモドの悪ふざけにダニエルとマリアンヌ姫が揃って声を上げて抗議した。

 フラマンタスは近づき、無言でコモドを押さえ付けた。

「悪ふざけは良くないが、そういう事態になっていてもおかしくはない。ワクチンが効能を示す前にお前がゾンビ化したら」

「ああ、斬ってくれ」

 マリアンヌ姫がアタッシュケースを開いて注射器を取り出した。

「いきますよ、コモドさん」

 マリアンヌ姫がワクチンを注射する。

 終わるとコモドは大の字に倒れた。

「少し休むわ」

 コモドはそう言った。

「フラマンタスさんはマグナスの加勢に行ってください。大丈夫、コモドさんは助かりますし、アネーリオ君とダニエルさんもいます」

 フラマンタスは逡巡し、頷いて駆けた。

 まだコモドのゾンビ化を防いだわけではない。ワクチンが早く効いてくれれば良いが。

 そうして沢へと降りる。

 マグナスが待っていた。

「コモド殿は?」

「大丈夫だと思いたいです」

「そうか。ひとまず、我らは残ったゾンビの掃討だ。行こうか」

 マグナスが言い、先に歩み出す。フラマンタスもその後に続いたのであった。

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