フラマンタスの刃20
無人と化した店先から、マグナスや他の部隊長らの許しもあり、フラマンタス達は物資を補充していた。
コモドは武器屋から刃に幅のある長剣を手に入れ、マグナスはアネーリオ少年とダニエルに手伝ってもらいながら、同じく武器と防具の店から拝借してきた鎧の各部位を塗料で黒く染めていた。
マグナスも結局は夏の格好となり、身軽になった。フラマンタスと装備は同じだ。教会戦士の甲冑は戦士団に預けることになった。
教会戦士達に守られながら一晩過ごした。あちこちで火が上がり死体を焼いている。その光景を民家のベッドでフラマンタスは眺めていた。さぞかし凄まじい臭気だろう。慣れぬ者ならもうしばらくは肉が食べたくないような気分になるだろう。
翌朝、一行は更に東へ出立した。
晴天だった。マグナスとダニエルが先行し、姫と手を握ったアネーリオ少年が後に続く。
コモドとフラマンタスは最後尾だった。
フラマンタスはコモドの新しい剣を玩具のように振り回し、手を止めた。
「私には軽いな」
「そりゃそうよ。俺っちとフラちゃんじゃ体格全然違うでしょうに。教会戦士の十字剣だっけ? あれ持って思ったけどフラちゃんのめっちゃ重かったよ」
そのまま進むと、右手の沢沿いにトンネルがあった。次の人里への街道の一つとして機能している。行商のだろうか、荷馬車が一台、先に止まっていた。
「何だトラブルか?」
コモドが言った。
マグナスとダニエルが先行し、馬車の前方を見て声を上げた。
「死体だ。食われている。敵がいるぞ!」
マグナスの声と共に背後から前方から物悲しくおぞましい鳴き声が聴こえて来た。
背後にも十体以上のゾンビがいた。
「いつの間に!?」
コモドと共にフラマンタスは振り返った。
前方からもたくさんの声がする。
「マグナス隊長、やはり私は狙われている!」
フラマンタスは言った。
「そんなことは分からん! どの道、ここで遊ばれていただろう! 全員、戦闘隊形を!」
マグナスが声を上げた時だった。
「きゃっ!?」
マリアンヌ姫の声が聴こえた。
何と、死んでいたはずの馬車の御者が起き上がり、姫に襲い掛かっていたのだ。
それは一瞬の出来事だった。御者のゾンビがマリアンヌ姫を押し、姫と共に深い沢へ転落して行ったのだった。
「マリアンヌ姫!」
マグナスが声を上げる。
「マリアンヌお姉ちゃん!」
するとアネーリオ少年は無謀にも沢へ飛び込んだ。
「アネーリオ君!」
フラマンタスは驚いて声を上げ、マグナスと共に沢を覗き込んだが、暗くて見えなかった。
「こっちなら大丈夫です! アネーリオ君も無事です!」
マリアンヌ姫の声が聴こえて来た。
マグナスも続いて跳び下りようとして構えていたがそうはいかなかった。
「お二人とも、ゾンビが!」
ダニエルが声を上げる。何と、ゾンビ達は沢へ方向を変え、まるで自ら落ちようとしていた。
「もしや!? 今狙われているのはマリアンヌ姫だ! ゾンビ達を行かせるな!」
マグナスの声と共に戦いは始まった。
フラマンタスは十字剣を薙ぎ払った。たちまち二つの首が飛ぶ。
コモドも隣で一人の喉を刺し貫き仕留めていた。新品の剣が血に濡れた。
マグナスとダニエルも鬼気迫る勢いで敵を斃していた。
不意にフラマンタスの薙ぎ払いを抜け、一体のゾンビがコモドへ襲い掛かった。
別の相手をしていたコモドは追いつけず、ゾンビが腕に齧りついた。
「いてえっ!? この野郎!」
コモドはゾンビを柄の先で殴打し、振るって放した。そして元々相手にしていた一体を仕留めた。
「コモド!」
「ああ、フラちゃん、俺っち、噛まれちまった」
手を押さえ、流れる血を見ながらコモドは神妙な顔で言った。
「コモドさん!」
戦いを終えたダニエルが駆け寄って来た。
「俺っち、ゾンビになっちまうのかな。その時は、フラちゃん、ダニーボーイ、隊長さん、この首を刎ねてくれよな」
コモドが薄く笑いながら言った。
「マリアンヌ姫!」
マグナスが沢へ呼びかけた。
「マグナス! ここからは上がれません。先へ進みます! どこかで合流しましょう!」
姫の声が応じた。
「分かりました!」
マグナスはそう答えてこちらを振り返って言った。
「先を急ごう。ワクチンは姫が持っていらっしゃる」
「あらら、少し視界が変かも」
コモドが言った。
「分かります。コモドさん。でも、以前の私の時はもっと症状は緩やかでした」
緊急性を帯びて来た。
「コモドさん、肩を貸しますよ」
ダニエルがそう言い、コモドは既に息荒く彼の肩に腕を回した。
コモドがゾンビになってしまう。
フラマンタスは自分の不注意で起きてしまった事態に責任を感じていた。だが、詫びたところでどうにもならない。マグナスに従ってマリアンヌ姫らと合流すべく先を急いだのであった。
2
沢の深いところへ運よく落ちたため、マリアンヌ姫は怪我を負わずに済んだ。それでも心臓が早鐘を打っていた。もし、どこかに岩があって身体をぶつけていたら。
そんなことが脳裏を過ぎると、誰かが同じ所へ落ちて来た。
「ぷはっ!」
顔を見てマリアンヌ姫は驚いた。
「アネーリオ君!」
「マリアンヌお姉ちゃん無事? 大丈夫?」
必死な様子で尋ねて来た。ああ、この少年は私のことを心底心配していたんだ。普段からこういう時に備えて勇気を溜めておいたのだろう。マリアンヌ姫は安心させるべく微笑んだ。
「大丈夫よ。アネーリオ君は?」
「俺も大丈夫」
不意に少年の背後からゾンビが水の中から躍り出た。
「この野郎!」
アネーリオ少年は回し蹴りをし、ゾンビを転倒させた。よろめいた敵は深みにはまったのか沈んだまま姿を見せなかった。教会戦士見習いとして敵に確実に止めを刺してやりたかった。だが、こうなってしまっては仕方が無い。ゾンビが溺死するか実験はしたことはないが、マリアンヌ姫はそうなることを願っていた。
「アネーリオ君、こっちよ」
二人は壁沿いに浅いところに立っていた。水はふくらはぎまで浸かるぐらいだった。
マグナスの呼ぶ声が聴こえたので、二人とも無事だと伝えた。そして上を見上げても闇しか見えなかった。
マリアンヌ姫はアネーリオ少年と共に沢の薄暗い先を行くことにした。マグナスにその旨を伝えると、ワクチンの入ったアタッシュケースを握り直して二人は薄闇の中へと踏み込んで行った。
「俺が先に進むよ」
アネーリオ少年の真剣な眼差しと、彼の伸ばした手がマリアンヌ姫に勇気を与えてくれた。
「ありがとう」
マリアンヌ姫は少年の手を握り返したのだった。




