フラマンタスの刃14
真紅の屍術師が一体どこにいるのかは分からない。だが、東へ進んだところ、奴は邪法を仕掛けて来た。あるいは、フラマンタスの行く方角ならどこへでも手を下すということだろうか。歩きに歩いて、辿り着いた村に入る。
フラマンタスは緊張を覚えていた。新たな仲間の加入が真紅の屍術師を刺激しないかどうか。つまりは、住まう人々をゾンビ化させる邪法を使わないか。それだけが不安だった。
昼近くに村に入る。人々は日常を営んでいた。
だが、油断はできない。奴の気まぐれ一つで、いつでもどこでも敵が現れる。人々を猜疑の目で見ていることにフラマンタスは気付いた。悪いのは人々ではなく真紅の屍術師だ。
宿をとると、一同は警戒を解いて羽を伸ばすことにした。
「私はお風呂に入ることにします」
マリアンヌ姫が言った。
何が起きるか分からない。だが、マリアンヌ姫は女性で、残りは男性だった。
いくら羽を伸ばすにしてもフラマンタスとしては姫でもある彼女を一人で放っておくことなどできなかった。やはり真紅の屍術師の気まぐれが気になる。
「少年が一緒に入ったら? まぁ、年齢ならギリギリだろう」
傭兵コモドが提案する。アネーリオ少年は頷いた。
「分かった、俺がマリアンヌお姉ちゃんを守るよ!」
アネーリオはずいぶんマリアンヌ姫に懐いているようだが、マリアンヌ姫にこっそり事情を聴かされた。孤児院のシスターがアネーリオ少年の姉のような存在で彼女を守れなかったことが悔しいと。
「じゃあ、行こうか、アネーリオ君。背中流しっこしようね」
マリアンヌ姫が入浴の準備を終えて言うと少年は頷いた。二人が行ったあと、フラマンタスは言った。
「宿には私が残るから、二人で旅の物資を買い集めてくれないか?」
コモドとダニエルは承知して出て行った。
甲冑を脱いだフラマンタスは村にしては大きな宿のロビーで、くつろぎ、新聞を広げた。
王都東部の町でゾンビ騒ぎ。犠牲者多数。
俺のせいか。俺が奴に目を着けられなければこんなことにはならなかった。
フラマンタスは己の運命を呪った。ここでもし、俺が自決したらどうなるのだろう。真紅の屍術師は手を引くだろうか。
いや、奴はタガが外れるかもしれない。一気に襲い来るだろう。やはり俺が奴を斃すしか道はない。
フラマンタスは決意を新たにしたのだった。
三十分位した頃だろうか、マリアンヌ姫と少年が歩んで来た。アネーリオ少年はフラマンタスが貸し与えた十字短剣を手にしていた。勿論、抜き身ではなく鞘に収まっている。
「アネーリオ君、護衛御苦労」
フラマンタスが立ってそう言うとアネーリオ少年は生真面目な顔で頷いた。
「フラマンタスさんもお風呂どうですか?」
「護衛のこともある。コモド達が戻ってから決めよう」
フラマンタスが言うと、コモドとダニエルが帰って来た。
この村にも大手居酒屋チェーン店猛牛の里があった。猛牛の里は昼はランチを提供し、夜になると居酒屋へと移行するお店だ。値段の割りに味も良く種類もボリュームもあり、人気の店となっている。青春時代は教会戦士の食堂では物足らず猛牛の里へと足を運んでいた。フラマンタスにとって猛牛の里こそ青春であった。なのでフラマンタスはいつか猛牛の里の創始者と会うのが密かな憧れでもあった。感謝を伝えたかった。
「近くの鉱山にトロールが住み着いたらしいぜ」
猛牛の里に入り、席に座るとコモドが言った。
「衛兵隊も手が出せないそうです」
ダニエルが続く。
ウェイターにメニューを注文する。アネーリオは無一文だったが、王族のマリアンヌ姫がここでの財布係でもあった。彼女は強情に食事を遠慮する少年を優しく宥めて頷かせた。
コロッケ、ハンバーグ、ミートパスタ、などなど少年が片っ端から届いた料理を掻き込んでいる。
「美味しい?」
マリアンヌ姫が尋ねる。
「美味しいけど、シスターエレッタの方がご飯は美味しかった」
「誰だいそれは?」
コモドが尋ねる。
「アネーリオ君のお姉さんのような方だそうです。口の周りにソースがついてるわよ」
マリアンヌ姫がそう言い、アネーリオの口の周りを布巾で拭いた。
「マリアンヌお姉ちゃんは料理とか得意なの?」
少年の純粋な問いにコモドが吹き出し、姫がギロッと睨み付けて黙らせた。
そこにタイミングよく次の料理が届く。アネーリオ少年は食べに食べた。
食後、少し宿で休んでから、アネーリオ少年はフラマンタスに言った。
「フラ兄ちゃん、俺の剣の相手をしてくれよ」
少年は使命感に燃えている。彼にとっては失った者もあれば得る者もあった。仇討と守護、二つの意味で彼は剣を取ろうというのだろう。彼の動機に対して文句をつける気はない。だが、フラマンタスは言った。
「剣術も大事だが、体力が無ければすぐにへばってしまうぞ。村の外周を走らないか?」
「分かった」
甲冑を脱いだままのフラマンタスは少年と共に外へ出る。二メートル五十もの長身を誇るフラマンタスはあっという間に注目の的だったが、もう慣れた。
「行こうか、アネーリオ君」
「おう!」
フラマンタスとアネーリオ少年は宿の裏手から走り出した。外壁に沿って走って行く。少年は体力もあったが、ガッツがあった。その闘志はやはり本物なのだろう。我々で責任を持って育てなければなるまい。
フラマンタスはそう心に強く思った。




