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フラマンタスの刃11

 未明、フラマンタス達の行く手に、乗り捨ててあった十二台の馬車があった。他には三頭の馬の死骸がある。カンテラを近づけると、未だにヌラヌラとした血が流れ出ていた。喉と腹部は大きく引き裂かれ、骨が見え、哀れなほど凄惨な状態だった。

「他の馬は逃げたようですね」

 ダニエルが神妙な顔で言った。彼はサーベルを抜き、片手に松明を手にしている。

「そのようだ。進もう」

 フラマンタスが言った。



 2



 遡るほど五時間前。

 アネーリオは大好きなシスターエレッタに寝かしつけられていた。

 シスターエレッタは若い修道士だった。ここは孤児院で、エレッタを含めた大人が五人、アネーリオを含めた孤児の子供達が二十人ほどいた。

 みんなにお休みの挨拶をしたが、アネーリオは眠れなかった。それを察したようにシスターエレッタは現われ、十三歳の彼の隣に並んで添い寝してくれた。心から安心できた。シスターエレッタの優しいにおいが彼の心を落ち着かせる。長い青髪をしている。しっかり者で優しいこの若きシスターに少年は恋心を抱いていた。

 十五歳になったら告白するんだ。十五になれば教会戦士の試験を受けるつもりだった。アネーリオはシスターエレッタがくれたオニキスの腕輪を毛布の中で触っていた。

 眠って何分も経っていないだろう。突然、隣でシスターエレッタが苦しみ始めた。喉を押さえもがいている。

「エレッタお姉ちゃん?」

 アネーリオは驚くや、他の誰かに助けを求めるべきだと思い、部屋の外へ飛び出した。

「修道長! エレッタお姉ちゃんが!」

 扉を開けたところでは、男の修道長が同じく首を押さえて苦し気にゼエゼエ息を吐いていた。

 一体何が起こったんだろうか。

 不意に、修道長が倒れた。アネーリオは慌てて駆け寄った。

「修道長、修道長、大丈夫ですか!?」

 そんな少年の呼びかけに応じたように修道長がゆっくり立ち上がる。

 低い虚ろな声を出していた。

 恐ろしさを覚えたアネーリオは背後へ後ずさった。

 修道長が手を伸ばし、ヨロヨロとアネーリオへ歩んで来る。歯を剥き出しにして、まるでお化けだった。

 アネーリオは慌てて部屋から出ると扉を叩きつける様に閉めた。

 ドンドンと、乱暴に扉が叩かれ、揺れている。

 一体どうしたんだろう。そうだ、エレッタお姉ちゃんは!

 アネーリオが振り向いた時だった。

 シスターエレッタが、扉を開いて現れた。修道長と同じ、虚ろな声を出しヨロヨロヨロヨロと助けを求める様にも見えなくも無いが、違った。歯を見せ、少年の知るシスターエレッタとは思えない戦慄する咆哮を上げた。

 途端に周囲の扉が一斉に開け放たれ、修道士、孤児の仲間達が修道長やエレッタ同様に凶悪な顔を向け、唸りを上げて彼目掛けて歩んで来ている。

 酷い冗談だ。

 アネーリオはその恐ろしさと、彼の第六感が告げる逃げろという警笛に従うがまま、玄関口の扉へと急いだ。扉を開き、外に出る。すると方々から虚ろな声、恐ろし気な咆哮が聴こえていた。

 アネーリオは十三歳だが、その勘がこの町のどこももう安全ではないということを告げた。

 彼は駆けた。王都へ行くか、ゾンビ騒ぎのあった東の町へ行くか。

 ゾンビ。そうか、シスターエレッタや修道院の仲間達、町の人々はゾンビに成り果てたのだ。

 背後で扉が叩かれる音を聴くとアネーリオは駆けた。

 王都方面へ彼は駆けた。だが、民家という民家の扉が一斉に開き、恐ろしい者に成り果てた人々がアネーリオを捕らえようと手を伸ばす。王都方面の出入り口は衛兵の姿をしたゾンビ達がうようよいた。

 アネーリオは逃げる方角を変えた。

 ゾンビ騒ぎのあった東の町へ彼は駆け出した。

 伸ばされる凶悪な腕を掻い潜り、唸り声に戦慄しながらそれでも駆けることを止められなかった。ここはもう地獄なんだ。ああ、神様、何でこんなことをするんですか!

 アネーリオは道を塞いだ男のゾンビを飛び膝蹴りで転倒させ、駆けようとしたが、その足を掴まれた。男のゾンビが彼の足を掴み、噛み付こうとした。アネーリオはもう片方の足でゾンビの顔面を蹴り、脱出し駆けた。誰か、誰か、強い大人が必要だ。王都なら教会戦士がいるというのに! 彼は手薄だった東門を潜り夜の街道を駆けた。

 駆けに駆けたアネーリオはそこでついに息も絶え絶えになった。緊張と恐怖で頭がいっぱいだったが、町から離れられたところでようやく我に返った。ゼエゼエ息を喘がせている。

 行かなくちゃ、助けを呼ばなくちゃ。

 オニキスの腕輪を触り、シスターエレッタのことを思い出す。もう治らない。もとの大好きだったエレッタお姉ちゃんはそこにいない。

 と、前方から人影が歩んで来るのが見えた。

 アネーリオは茂みへ入り、身を潜めた。ゾンビかもしれない。

 だが、人影達はしっかりとした足取りで歩んでいる。町を目指して。

「駄目だ!」

 アネーリオは行く手を阻んだ。

「何だ、少年?」

 一人が尋ねて来た。

「今、町はゾンビばっかりだ、行ったら危ない!」

 アネーリオはそう言いながら向こう側のカンテラの灯りが先頭の人物を照らし出す様を見て、驚いた。見上げるほど大きな身体は隙の無い鎧尽くめだった。腰には十字剣が下がっている。

 教会戦士。

 その途端に少年の目は暗転した。

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