第9話 義兄弟でいたい。
「やっぱり義兄と義妹の関係が、都合一番いいんですよ」
観覧車に腰掛けた彼女は、一言そう呟いた。
「それに、親子が三ヶ月間疑似恋愛したからって、罰が当たるとは思いません」
「ば、暴露しておいてまだ疑似恋愛する可能性があるのかよ……!?」
「えぇ、全ては駿さん次第です」
彼女は僕らの関係を本物の義兄弟と設定して、今の生活に心身を捧げていた。
「……いいのか、小雪……お母さんはそれで」
「それで……とは?」
「あくまでも義兄弟でいるんだろ? それって、つまり元の家族関係に拘らないってことだろ……?」
「えぇ、もちろん拘ることはありませんよ」
「……なんでだよ」
「お父さんにはもう素敵な奥さんがいる、そうでしょう?」
「……だからか。ちょっと義母さんと軋轢があるって言っていたのは」
「女は怖い生き物だってよく言ったものですね」
彼女は少し淋しげに微笑みを続けていた。僕はこの表情の真意をえらく理解できていた。父親が他の女性に持っていかれる補償として、僕と対面できたのだから……。
「あ、もう一つだけいいですか?」
彼女は人差し指を立ててそう呟いた。
「こ、今度はなんだ……?」
そして彼女は両方の腕を広げ、本物の聖母の眼差しを向けてきた。
「……やっと会えたね。私のお腹にいた赤ちゃん」
次の瞬間、僕は彼女の胸に飛び込んで、自分が感知する間もなく、一雫の涙で彼女を濡らした。若干揺れる観覧車に恐怖を覚えることもなく、ただ感動の再会を噛み締めていた。
「ごめん……ちょっと、衝動が」
「大丈夫ですよ。ちょうど私も……抱きつくところでしたから」
万一彼女が虚偽を言っていて実母でなくとも、今の彼女には実母の代わりになるだけの引力が備わっていた。
「……本当にごめん、ごめん」
僕は涙ながらにそう告げると、彼女はもう一段階、包み込む圧を強めてきた。
「どうして駿さんが謝るんですか……」
「だ、だって……僕が産まれたせいで、お母さんは……お母さんは」
「私の幸せは、家族の幸せ……つまり、駿さんの幸せなんです。ですから、私は死んでからずっと幸せの渦中にいるんですよ」
彼女はそう言うと、僕の背中をポンポンと二回柔らかな手つきで叩いた。
「でも……どうして今なんだよ」
感動の再会を終えると、僕は至極全うな疑問を投げかけた。
「どうして……とは?」
「もっと早くに僕と出会えただろ……そしたら、父親も再婚しなかったかもしれないし」
彼女は「スー」と言って言葉を紡がない。そこにはなにか、言葉を続けられないだけの事情が備わっていた。
「……複雑な事情が無数に絡み合っているんです」
彼女はじっくりと時間をかけてそう答えた。
「そうなのか?」
「これもいずれお伝えしたければならないとは思っていますから、待っていてください」
「分かったよ……」
彼女は僕に微笑むと、眼下の緑地と町々を見つめはじめた。
「うわぁ、綺麗ですね」
子犬のように目を煌めかせる彼女に、僕もほんのり笑顔を浮かべた。
「誰かさんの笑顔には及ばないけどな」
「誰の笑顔しょうか」
「さぁな」




