第10話 過去をなぞるデート。
観覧車から降りると、僕は彼女の方に右手を突き出してこう言った。
「……手、繋がないか? はぐれても嫌だしさ」
「あらぁ、駿さんって案外大胆なんですね」
彼女は両手を合わせて、満面の笑みで僕を照らしつけた。
「は、母親だからやるんだよ!」
「では、お言葉に甘えて」
母親だから手繋ぎをするのか、一女性と認識しているから手を結ぶのか。そこに明確な何かが介在することはなく、僕はただ心のゆくままにぎゅっと握りしめていた。
そうして昼食を平らげ、小規模なサイクリングを終えると、早々に名古屋の中心に戻ることになった。
彼女は「まだこのデートは終わらないから」と言うので、このデートは第二フェーズに入ることとなった。
「今乗っているこれ、実はリニアモーターカーなんですよ」
記念公園から電車に乗り込むとき、彼女はボソッとそう語った。
「リニアモーターカーって……あの磁石で浮く……え、じゃあこれも浮いているのか?」
「ほんの少しだけですけどね。まさか、本当に駿さんと乗れる日がやって来るなんて、思ってもいませんでしたよ」
彼女は涙脆いのか知らないが、いつもこんな風に目を潤ませる。
「……僕が産まれたときって、ちょうど万博の最中だったんだっけ?」
「えぇ、そうです。虎之介さんと「三人で一緒に巡ろう」って約束していたんですよ」
「そうだったのか……」
僕はそんな腹の中の頃の話を片耳に、ふと疑問に思ったことを投げかけた。
「……そういえば、死んだあとの世界ってどうなっているんだ?」
「虚無です。意識もありません例えるなら、寝ているときと同じですね。私のこれが輪廻転生かは知りませんが、死後の世界なんてありませんでした」
「じゃあ、死んだ先で待っているものって……」
「えぇ、なんにもありません!」
彼女は吹っ切れたらしく、全てを包容するような笑顔でそう言い切った。
「これで駿さんも軽々しく「死ぬ」なんて言葉使えませんね!」
「あぁ、そうかもな」
「……なんですか、その投げやりな返事は」
「別に」
僕の中で「死」は、やはり作品を創造するためのコンテンツだった。それはたとえ死後の世界を知ったところで、余計に美的なものと受け取るしかなかった。
そうして僕らは電車を幾つも乗り継いで、清洲という駅に降り立った。
「ここに来たからには、もうどこに向かうか分かりますよね?」
「……お城か?」
「そうです!」
僕らは少し歩みを進めて、やがて清州城に正対するところで立ち止まる。
「いつ見ても綺麗ですね」
「名古屋城じゃなくて、清州城なんだな」
「えぇ、私と虎之介さん、ここで結婚フォトウェディングしたんです」
一瞬、僕の瞳に彼女が完全に母親として映し出された。紛れもない人妻なんだとも思った。
だが、瞬時に背丈の低さと童顔がそれを否定して、僕の脳はその処理に追われることになった。
「このアバンチュールは、今の複雑な家庭から気を紛らわす意図もありますが……」
彼女はそう言うと、満面の笑みで僕の方を振り向く。
「駿さんと成し遂げられなかった思い出をなぞる旅でもあるんですよ」
僕も彼女の笑みに笑い顔で応える。
「楽しいか」
「もちろん! 誰が何と言おうととっても楽しいアバンチュールですから!」
「誰も何も言わないだろ……」
彼女は完全に幸せの渦中に佇んでいた。他方、僕もこの空間を幸福に感じていた。
今日の一日は、母親と再会して存在するはずだった過去をなぞる。そんな奇想天外なものと化した。だが、それは途轍もない愛に満ちていた。
この愛が続くとなると、アドレナリンも留まるところを知らず、僕はこの非日常に高揚するのだった。
……これが、僕の華の時期だともつゆ知らずに。




