第11話 前妻と妻。
4月17日月曜日、今日も今日とて彼女は朝ご飯を用意して、ほんの少し疲労に見舞われている様子だった。
「本当に美味しいよな……」
感嘆する僕に彼女はニンマリとすると、僕の方に近づいて「だって正真正銘“家庭の味”ですから」と耳打ちしてきた。
「……流石だよ、小雪さん」
「あら、まだ小雪のことさん付けなの?」
義母がそう言ってくるので、「普段は呼び捨てです」と告げておいた。
「まぁ、俺らはさん付けだけどな!」
父親は見せつけるように「ガハハ」と笑って味噌汁を啜る。
「そっちも随分と仲が良さそうでなにより」
「なんだ……その投げやりな態度は」
「いつも通り興味がないだけだよ」
「お義母さんもか?」
「……二人の関係に興味がないんだ。お義母さんに火種を撒くなよ」
これだから、やはり父親のことは中々好けない。だが、これを彼女が黙ってみていられるわけもなかった。
「な、仲良くしましょう! わ、私が言える立場ではないですけど……」
「小雪……」
「みんなが幸せな家庭が……一番だと思うんです。変に揚げ足をとらないで、互いを慮れる家族でありたい……そう思います」
“揚げ足”の言葉に父親が身体をピクンとさせて、デコに脂汗に似た何かをかく。
「……ごめん、小雪。僕が悪かったよ」
彼女が嫌われ役を担うには、あまりにも不憫だった。だから僕はさっさと頭を下げて、どうにかこの場を収めることにした。
その日の晩のこと、やはり彼女は僕の部屋に居候していた。
「……さっきはごめんな」
「いいんですよ。喧嘩なんて、私も虎之介さんとよくしましたから」
「そうなのか……」
彼女は手を擦り合わせてモジモジし、目を細めて悲観的な風を装う。
「ですが……改めて俯瞰してみると、やっぱり複雑ですね」
「なにがだ?」
「実の母が……母親が私の夫と結婚するってことです」
僕は言葉を紡げなくなってしまう。自我だけが継承されることがどれだけ無惨なことか、思い知らされていた。
「……たしかに複雑だし、辛いよな」
「えぇ。ただ、もっと複雑にしていることがあって……」
「それはなんだ?」
彼女は少し口にするのを躊躇って、でもやはりその言葉を口にした。
「二人を無理矢理引き合わせたのが、他でもない“私”ってことです」
「へ……?」
急な爆弾の投下だった。僕の頭の中は理由もわからず空っぽになる。
「……ど、どういうことだよ?」
「転生するときに、家族がどこで何をしているか、その一覧を見ることができるんです」
「もしかして……それで」
「はい! 虎之介さんと母を同じ職場で働かせました!」
「……」
「そしたら子持ちシングルマザーファザーで惹かれあったんですよ!」
彼女は不思議なことに満足気な表情をこちらに振りまいていた。僕はだんまりで、ただひたすら彼女の話に耳を傾けていた。
「……小雪はそれでよかったのか?」
彼女はほんの少し眉間を寄せる。
「よくないに決まっています。ですが……」
――― それ以上に、一生あなたに会えないことが、辛かったから。―――
「そんなに子供って大事なのか……?」
「……大事って」
次の瞬間、彼女は僕の身体を両手でバッとくるんだ。次いで蚊の鳴くような声をして、「……当たり前でしょ」と呟いた。
「……小さい頃のあなたに精一杯の愛を注いであげたかった」
「小雪……」
「でも、どうして死ななきゃならなかったの……。私は母親……母親なのよ……」
僕の胸元が湿っぽくなると、やがて温い水が服の下部にまで伝った。
「その気持ちのお陰じゃないかな」
彼女が潤んだ目線を僕の瞳に向けると、僕は何気なくこんな言葉を呟いた。
「……だからさ、もう泣かないでよ。こうしてまた会えたんだからさ」
僕の言葉は逆に彼女を感涙させて、泣き声が部屋中を轟きそうになる。僕は慌てて彼女を抱擁し、衣服によって辛うじて消音されるのだった。
彼女は何か、特別な事情を抱えている。そんなこと、僕だって薄々勘づいていた。だが、今の彼女だけは、僕のお母さん以外の何者でもなかった。
これが、僕の体験したことのない究極の愛というものだった。
とても……嬉しかった。




