第7話 アバンチュール、本格始動。
4月14日金曜日、今晩もまた彼女は僕の部屋を訪れて、他愛のないやりとりをしていた。これが非日常ではなく日常と化す日も、もうすぐそこまで近づいていた。
「ねぇ、駿さん」
すると、彼女はいつもの笑い顔をして僕の名前を呼んできた。
「なんだ?」
「今週末、早速デートしましょっか!」
彼女は掌を合わせてそう提案をする。
「やっぱりその……デートって響き、中々慣れないな」
「慣れなくていいんですよ。次期にこのアバンチュールも終わりますから」
「そう……か」
彼女の冷静でどこか侘びしいその一言が僕に二の句を継がせなかった。
「……大丈夫ですよ。最初はそこまで遠出するつもりありませんから」
「分かった……」
僕は少し内気な性をしているようで、改めて彼女にこの質問を投げかけた。
「……本当に僕でいいのか? 一緒に現実逃避する相手がさ」
そう言い切ると彼女は怪訝そうな表情を見せつつ、僕の両手を握りしめた。
「私はあなた“で”いいんじゃない。あなた“が”いいんですよ」
「……血縁もないのに、不思議だな」
「血縁は……その……今はまだなにも……」
僕の一言に、彼女はなぜかたじろいだ。そして言葉を濁して最後にはこう続けた。
「あなたを私は親族だと認めているんです。それ以上でも、それ以下でもありません」
「……そうか。それならいいんだけどさ」
少し強張った口元を緩めた僕に、彼女はまた屈託のない笑みで応じてくれた。
それにしても、彼女はよく言葉を詰まらせており、僕はこのアバンチュールに現実逃避以外の理由を見出そうとしていた。
「……どうして僕を選ぶんだろう」
だが、事の転換点はわりとすぐ近くにあった。4月16日日曜日、僕らは両親に親睦を深めると言って、自宅を後にした。
「アバンチュール、開幕ですね!」
玄関を出てすぐ、彼女は笑顔を絶やさずにそう呟いた。
「どこへ逃避しにいくのやら」
「楽しみでしょ?」
「それなりに楽しみだな」
「ま、つまらなくはさせないですから」
僕は彼女の背を追いかけるようにして、幾つかの電車を乗り継ぐと、やがて辿り着いた先は、市を抜けた先にある緑地公園だった。
「……愛・地球博って」
「ここは万博が行われた公園です。今では色んな施設が建ち並んでいるんですよ」
「長久手の方には縁がなかったもんで……」
「そうですか。なら、今日は精一杯楽しみましょうね!」
彼女は軽やかにスキップをしながら、緑の一体を闊歩していく。
「何度か来たことあるのか?」
そう尋ねると、彼女はなぜか少しの間、口を閉ざした。そうして捻り出すようにこう言った。
「……そりゃ、なんども来ましたよ。絶対にここにみんなで……みんなで……」
「みんなって?」
僕の問いに対して、彼女は完全に黙りこくった。僕は勝手にこの“みんな”を彼女の実母・実父だと捉えて、これまた勝手に同情していた。
すると、園内をピンポンパンポンとコールが鳴り響く。
「……からお越しのヤマモトさん、ヤマモトマヤさん、いらっしゃいましたら……」
館内放送の“マヤ”という言葉の響きに、僕は一瞬だけ動揺する。だが、すぐにその動揺は薄れていって、平常心を取り戻す。
「麻也さんって、駿くんのお母さんの名前でもありますよね」
彼女はさっきまでの暗澹たる雰囲気とは裏腹に、なぜか自信に富んだ問いかけをしてきた。
「そうだよ。今も生きていたら、自慢の母親だったかもしれない」
「……そうですか」
「まぁ、僕を産んだときに合併症で死んじゃったんだけどな」
すると彼女は目を瞑って、聖母のように微笑んできた。
―――そうですね。羊水塞栓症なんて、私にも聞いたこともない病気でした―――
彼女はそう呟いた。僕は耳を疑うような単語に思わず彼女の方に目線をやる。
「……なんで、どうして母親の死因を知っているんだよ?」
彼女は胸に手を当て、「ほっ」と一呼吸置くと、こちらに満面の笑みを送ってきた。まるで何かに吹っ切れたかのように……。
「じゃあ、ここで駿さんに質問です!」
「え……?」
「私がその兼平麻也だって言ったら、駿さんはどうしますか?」
「……は」




