第6話 義妹からの忠言。
今日の晩もまた、僕は自室で執筆活動に現を抜かしていた。そんなことをしなくても、今はしおらしい態度の義妹がいるのだが、習慣になっているのだから仕方がなかった。
すると三回扉を叩く音がしたのち、「私です、小雪です」という声がした。
「いいよ」とと相変わらずの満面の笑みで入室してきた。
「今日はちゃんとノックしたんだな」
「えぇ、もちろん。だって、駿さんに嫌われたくないですから」
「そうか」
彼女は僕の傍までやってきて、小説を書いている机上に顔を覗かせた。
「どんな小説を書いているんですか?」
「夢で出会った二人が現実世界で再会する話だよ」
「とてもロマンチックですね」
「だけど彼女の方は余命が幾ばくもないんだ。だから主人公はそのときがくるまで奔走するってわけだ」
「余命宣告モノ……ですか」
「そう言う人もいるな。よくあるコンテンツだよ」
彼女は突然いつもの笑みを消滅させて、苦い顔に変えた。僕は彼女の機嫌を損なったわけが分からなかった。
「……あんまり、人は殺さないほうがいいですよ」
彼女はしれっと僕の習作に茶々を入れてきた。彼女が否定的な言葉を告げるという初めての光景に僕は多少動揺して、瞳を四方八方に向けた。
「え、演出なんだから仕方ないだろ……」
彼女は頑なに顔色を戻そうとしない。たしかに、俗に言う余命宣告型の作品は、恋人と最期を迎えるモノが多い印象があった。だが、こんなことで突っかかる彼女も彼女だった。
「やっぱり、死ぬときぐらいは家族と濃密な時間を過ごすべきです。恋人に血縁関係なんてないはずですから」
「それは一理あるけど、両親がいない設定なんだから整合性はとれているだろ?」
彼女の意見もご尤もだった。だが事実、僕のように両親から満足に愛を受けていない背景もあるはずで、それらを全て封じる思想も正しいようには思えなかった。
「そうじゃなくて……単に人が死ぬことを恋愛の象徴として描かれることが、ちょっぴり苦手なだけです」
「どうしてそれが苦手なんだよ……。別に所詮はエンタメなんだからさ」
「……それが嫌なんですよ。死はエンタメなんかじゃないんです。私はそれをよく知っていますから」
彼女にもまた父親がいない。死んでしまったのか、別れてしまったのかは知る由もないが、このときの彼女にはなんとなく説得力があった。
「死ぬ直前に感じるもの、それは愛なんかじゃなくて必ず絶望なんです」
「……まるで一度死んだことがあるみたいな言い草だな」
「そうかもしれませんね」
「へ……?」
その後、彼女は顔色を悪しくさせて、何か言葉を発した。だが、蚊の鳴くような声で囁くので、僕はその言葉が何かを聞き取れなかった。
「悪かったな。こんな作品書いちゃって」
「……私の言葉なんか、いちいち気にしていたらキリがないですよ」
このままだと煮え切らずに一日が終わってしまい、関係も悪化してしまうと思った僕は、彼女にこんな言葉を問い掛けることにした。
「じゃあ、お前なら何を書く?」
「私ですか……?」
彼女は顔色を落ち着かせて、真剣に構想を思案し始めた。
「私なら死んだ父と一日だけこの世界を周遊する作品が書きたいです」
最終的にはこんな回答が導き出された。
「やっぱり、ちゃんと家族と過ごすんだな」
「えぇ、それが至高ですもん!」
彼女は数分ぶりに笑顔を覗かせてくれた。そしてどこか、この笑顔が普遍な日常を希求する僕の姿があった。
「お前、やっぱり可愛いよな」
「……え?」
「え、え?」
一瞬、この場の時が止まった。僕の脳内は混乱へと誘われ、ただ一途に彼女を見つめた。そして時が動き出した頃には、彼女はまた意味も分からず、目に涙を浮かべ始めた。
「な、なんだよ。別に本音を言っただけだ」
「……そうですか」
どうしてか、潤んだ彼女の裏側に笑い顔はなかった。
「……じゃあ、今日は帰りますね」
「お、おう」
最後に彼女は作った笑いで誤魔化しを効かせた。僕を不幸にさせない一心が諸に伝わると、僕はこんな言葉を捧げた。
「また、いつでも来いよ」
「いいんですか……?」
「ノックだけはしろよ」
「……はい!」
そうして、彼女はゆっくりと部屋を後にしていった。彼女の後ろ髪は、綺麗に彼女の背に張り付いていた。




