第3話 義妹との接触。
こうして次の週末には棚やら何やらが運ばれてきて、家はより一層賑やかなものとなった。父と義母の関係は想像よりも成熟しているようで、二晩続けて二人は父の部屋へと消えていく。
これが双方の幸せに作用しているなら、僕がとやかくいうこともなかった。問題があるとするとすれば、義妹が再婚にどんな心象を抱いているかということだけだった。
4月9日の晩、今日も喧騒の一日が終わり、僕は独り自室で小説作りに勤しんでいた。
思春期を迎えてからというもの、僕は現実逃避として有用な手段である執筆によく傾倒していた。これが僕のかけがえのない日常で、明日からも続く普遍なのだと、そう勝手に信じていた。
「こんばんはー!」
するとそんな声が聞こえ、振り向くと勝手に開いた扉の向こうで、一人の少女が佇んでいた。
「な、何しに来たんだよ。て、てか、ノックしないのはないだろ……」
「兄妹なんでありです」と暴論を放つ義妹に、僕は「そんな都合のいい言葉じゃないから……」と冷静に突っ込みをいれた。
僕は軽く頭を掻くと、気まずい素振りを見せながら義妹にこう尋ねた。
「なぁ、小雪さん」
「普通に小雪でいいですよ」
「……普通の難易度が高いんだよ」
「兄妹に難易度もへったくれもないですよ」
微笑する義妹は口元に手を携えて、文字に起こし難い育ちの良さを見せていた。
「……小説を書かれていたのですか?」
「うん。僕の崇高な趣味だよ」
「自分の世界観を赤裸々に書けるって素敵ですね」
彼女が屈託のない笑みでこちらを覗くもんで、僕は彼女の方を見てはまた視線を戻す動作を繰り返した。そしてちょっとした動揺が落ち着いた頃に、あの疑問を尋ねることにした。
「それで……小雪は良かったのかよ?」
「何がですか?」
「お義母さんの再婚だよ」
「どこに懸念があるのですか?」
「だって、高校生になって父と兄ができるって、結構抵抗感があるように思うから……」
すると義妹は目を微細に細めて、含みを持った笑い顔でこう告げてきた。
「私は家庭が安泰ならそれでいいんです。誰も病気にならないで、誰も心を病まない。ですから、母がどんな手段を取ったっていいんですよ」
義妹は僕よりも幾分か成熟していた。こんな崇高な観念を持つ義妹を、僕はただ褒め称えることしかできなかった。
「なんか、聖人だな。小雪って」
「褒めても身体は売りませんよ」
「売る気がないやつが勝手に入ってくるとも思えないけどな……」
そして脈絡もなく告げられた一言、それこそがあの台詞だった。
「あの、私とアバンチュールしてみませんか?」
「……アバンチュールって、火遊びか?」
「そっちの意味じゃなくて、一夜限り、いや今回は三ヶ月限りの逃避行です」
僕は逃避行の意趣も分からず、ただ義妹の言葉に釘付けになって、専ら翻弄されていた。
「なんだよ、僕に三ヶ月間だけ付き合えって言うのか……?」
「えぇ、噛み砕いて言えばそういうことになります」
「会ってたったの十分の奴にお前……正気か?」
「私はいたって正気ですよ」
「熱でもあるんじゃないか?」
「幸い平熱です」
義妹の言葉の内には幾つもの謎が折り重なっていて、僕はそれを一つ一つ紐解くことにした。
「そもそも逃避行ってなんなんだ? 家出は両親に迷惑かけるからやりたくないんだけど……」
「えぇ、家出はしませんよ。私が駿さんとやりたいことは、単純にデートですから」
「じゃあ、最初からそう言えばいいだろ……」という僕の正論に対して、義妹は真顔に近い顔でこう投げかけてきた。
「……駿さん、あまりお父さんと仲が良くないんですよね?」
「そ、それがなんだって言うんだよ……?」
「実は……私も母のことをどうしても実母だと思えないんです」
僕が「……なんでだよ?」と言うと、義妹は困り顔と笑い顔を混ぜこぜにした顔で、こう返した。
「私の家庭にも色々と事情があるんです」
「まぁ、みんな大変なんだな。よく生きているよ」
「……ですから、ちょっとお家を離れて、頻繁にデートする期間が欲しいんですよ」
「その……羽根を伸ばす的な?」
「えぇ、おっしゃる通りです」
端的に言えば、眼前の美人と半年に限りちょっとディープな交際関係を結ぶ。僕は聞けば聞くほどその特異性に心揺さぶられていた。
そこで「……僕でいいのか?」と聞くと、義妹は「えぇ、もちろん」と答えて、終いには「私、駿さんのことを心の底から愛していますから」なんて言葉を呟いた。
僕には義妹が軽々しく愛なんて言葉を乱用するような少女に思えなかった。そして、僕はこの言葉によって、一種の諦念を感じた。
「あ、会って数分のやつに言う台詞かよ……」
「まぁ、それだけの覚悟があるってことです。それじゃあ、また明日」
「お、おやすみ……」
「はい、おやすみなさい、駿さん」
義妹はまた涙らしき何かを浮かべて、こちらへそれを煌めかせる。
僕にはこの義妹とどのぐらいの距離で、言葉で関わるべきなのか、今一度考える必要があった。少なくとも義妹には、僕との関係を生温いもので終わらせる気はなかった。
孤独な夜は完全に潰えて、いま眼前に広がっていたものは、新生活という大舞台だった。
「……本当に、あいつはなにがしたいんだよ」




