第18話 母親が小雪ではないことにする。
5月16日水曜日、彼女と出会ってから彼女が死ぬまで、大体半分となった今晩、僕は彼女にこんな提案をしていた。
「……なぁ、小雪」
「なんですか?」
「小雪には申し訳ないんだけど、僕にはまだ血縁がどんなものか分からない」
「いいんです。いつか分かってもらえれば」
僕は目を逸らして言葉を躊躇う。そして意を決してこの言葉を告げた。
「だから、僕がいまここで告白しても……変じゃないと思うんだよ」
「……たしかに、私たちの関係は所詮心の血縁ですが、私はそのうち死ぬんですよ?」
「分かっている。だから……だから、最後ぐらいは、お前に小雪を演じさせてやりたい」
彼女が小雪と化しているのは、父に再婚相手ができたことで、状況を混乱させないための逃避にすぎない。それを、僕は本物の“鹿野小雪”に昇華させようとしたのだ。
「私はなんだっていいですよ。駿さんが幸せに生きてさえいてくれればそれd……」
「そんなこと……僕には知ったこっちゃないんだよ」
「……え?」
途端に、僕は彼女を今までで一番強い圧を以て抱擁した。
「ど、どうしちゃったんですか……?」
「エゴだとは分かっている……だけど、最後の一ヶ月半は、ちゃんと生きていてほしい」
「……私はちゃんと生きていますよ」
「違う。演じるなら演じるで、妥協しないでほしいんだよ……」
僕はポツンと雨の如く涙を滴らせ、彼女に想いを伝えた。自分でも何を言っているのか意味が分からない。だが、彼女の人生が実り豊かであることだけを願っていた。
「……私は、自分の存在に根拠がないから小雪として逃げているだけです」
すると、彼女が唐突にそう告げてきた。
「ど、どういうことだよ……?」
僕は彼女への束縛を解いて、そのまま話に耳を傾ける。
「虎之介さんにしか分からないような情報を知っていたことで、駿さんに信用してもらえましたよね?」
「そうだけど……?」
「つまり、私・兼平麻也の存在は情報に頼っているんです。ですから……」
―――駿さんが信じてくれなかったら、私に存在価値なんてなかったんですよ。―――
彼女はどうしてか微笑すると、急に小刻みに震え出した。
「つまり、堂々と生きたい私と、駿さんに存在を知ってもらいたい私……そこの間に葛藤があるんですよ」
「……僕が言うまでもなかったってことか」
「えぇ。なので、心配されなくて大丈夫ですよ。私は葛藤しながら最期を迎えますから」
彼女の言葉にはどこか悲壮感の類が募っていた。そんな彼女を見て、黙りこくる僕ではなかった。
「……やっぱりそんなのダメだ。僕は小雪に葛藤なんて抱えないで、一人の人間として生きてほしい」
「お気持ちだけじゃ……いけませんか?」
「それなら……それこそ、僕は小雪と付き合いたい。小雪を本物の人間にしたいんだ」
「私の話を聞いてもそう仰るなら……分かりました。よろしくお願いします」
そうして僕らは疑似交際関係に至った。この交際には大義があって、そのために僕は残りの約45日を、無駄のないように使う必要があった。
「彼女……小雪を……麻也を葛藤から救い出して見せる」
彼女が部屋に戻った後、僕は一人そうぼやいた。既に僕の心には火が点っていた。




