第19話 愛の希求。
5月20日日曜日、今日もまた彼女から「アバンチュールしましょ」という文面が届いていた。
「それで、今日はどこに行くんだ?」
「まずは最寄りのコンビニに行きましょう。売っているといいんですが……」
「コンビニでなにか買うのか?」
「えぇ、ちょっと」
すると、彼女はある結婚用雑誌を手にとって、そのまま会計を済ませた。
「この冊子の付録が欲しかったんです」
その冊子には、デカデカと「コラボ婚姻届が同封されている」と書いてあった。
「あれ、市役所で貰うんじゃないんだな」
「明らかに学生顔の私が貰いに行くには、ちょっと肩身が狭いですから」
「そうか……?」
「じゃあ、次はカラオケに行きましょう」
彼女は話を切り替えてそう言った。
カラオケに着いたところで、僕は学生料金の安さに驚愕していた。そして、彼女が先導して、無事に部屋へと辿り着いた。
「これで証人以外は完成ですね」
住所と名前で労力の大半を使うもので、案外すんなりと書き上げてしまった。
「……なんか、本当に結婚するみたいだな」
僕がボソッとそう言うと、彼女はこんな言葉を綴ってきた。
「……あともう二年間長く生きられたなら、考えも変わっていたことでしょう」
そう言うと、彼女は僕に正対して手を差し伸べてきた。そして、彼女が次に行った言葉は、アバンチュールを象徴するようなこんな一言だった。
―――誓いのキスしてあげましょうか?―――
「そんな馬鹿な話……馬鹿な……」
馬鹿な話ではない。眼前のこの女性は母親であって、しかし決して母親ではない。子供は普通に産まれてくるし、声色だって顔つきだって違うのだ。
「いいのか……?」
「いいんですよ」
彼女の笑顔は造花ではない。そこには真の花があった。……だから、僕は今この一時だけは、彼女が実母であることを忘れることにした。
僕は目を瞑って、自分の唇を彼女のそれに押し当てようとする。「ふぇっ」という彼女の言葉を背景に、優しく口づけをした。
彼女の背中を包み込んだとき、僕は明らかに幸せの渦中にいた。
目を開くと、そこには放心状態の彼女が映し出され、すかさず僕は「ごめんなさい」と言った。
「いいんですよ。だって、私が母親とする根拠なんてないんですから」
「……本当にごめん」
「大丈夫ですって」
幻覚とせん妄に苛まれた僕は彼女を、もう母親として見れなくなっていた。だが、それでよかった。
「親子がカップルは変ですけど、私はこれで正真正銘の小雪です」
少しして、彼女はそう呟いてきた。
「そうだな。それでいいんだ」
僕もにっこり笑い、カラオケに来たからには歌を歌おうとマイクを取った。そのときだった。
「ありがとう……駿」
彼女はどうやら嘘をついていたようで、完全に小雪になんてなれていなかった。
「小雪はどこに行ったんだよ」
「あっ……」
「一応、こちらこそありがとう、っていうところかな」




