第15話 母恋。
5月5日土曜日、今日も僕は彼女からお誘いを受けて、夕ご飯を外で食べることになっていた。
「駿さんとしたくてもできなかったこと。そのうちの一つが、外食をすることでした」
栄の方に向かう地下鉄で、彼女はそう言葉を綴った。
「どうして外食なんだ?」
「ほら、幸せっぷりを周りにアピールできるじゃないですか!」
「今と昔とは全然違くはないか……?」
「えぇ。ですが、カレカノって体裁もまた、悪くはないですよ!」
「……そうか。それならいいんだけどさ」
ゴールデンウィークは人、人、人のオンパレードで、僕らはごった返す栄の街をかき分けるようにして進む。
「そんなゴールデンウィークじゃなくてもよかったのに……」
「いいえ。ゴールデンウィークだからこそ、雰囲気があっていいじゃないですか」
「それって……どんな雰囲気だ?」
「幸福と希望に包まれている雰囲気です!」
彼女はこちらに、陽だまりのような笑みを照らしつける。どんなネオンよりも美しい彼女の笑顔は、僕の荒みかけていた心も浄化してくれた。
「なにを食べに行くんだ?」
僕が不意にそう尋ねると、彼女は安牌に「味噌カツです」と回答してきた。
辿り着いた先の店で、彼女はなんと予約をしており、そのまま席へと移される。
「……随分前から計画していたのか?」
「流石は駿さん、話が早いですね。私のアバンチュールは全て計画のうちにあります」
「じゃあ……もし僕が断ったら?」
「えぇ、全ておじゃんです!」
彼女はなぜか笑みを絶やさずにそう言い切った。僕に半依存しているかのような彼女の生活は、母親にしか到底叶わないものだった。
「……眉唾物の話だけど、僕はお母さんのことをなんて呼んだんだろうな」
「いま、実験してみます?」
「でも……小雪でいたいんだろ?」
「一瞬だけ解禁ってことで!」
僕は彼女の顔をまじまじと見つめ、毎日見ていた遺影と重ね合わせる。そうして導き出された言葉が、「お母さん」だった。
「……お母さん。たぶん、そう言っていたと思う」
「凄く優しい言い回しですね」
「きっと、優しい母親だっただろうからな」
「実際、手は出さないつもりでしたよ」
そんな与太話に耽って、僕らは味噌カツを嗜んだ。これが、僕の最後の休息だとも知らずに……。
夕食を食べてからというもの、栄の町並みがあまりにもロマンティックで、この場のムードを瞬く間に掻き立てていく。
「……別にこのまま逃避行し続けてもいいんだからな」
僕は遂にそんな粋な言葉まで漏らしてしまった。
「それは、新手の告白ですか?」
「そうなのかも……しれない」
「え?」
僕は震える唇をどうにか操って、彼女に胸の内を吐露した。
「僕は小雪のことが、人として好きなんだ。母親に対する愛かもしれないけど……」
「……そう言われて、嬉しくないわけがないですよ」
「それで僕らが結婚すれば、僕らは真の意味で家族になれるんだよ……なれるかもしれないんだよ」
彼女はいつものように満面の笑顔を見せてきた。しかし、それは僕を否定しないための手段に過ぎず、どこか澱んだ笑顔をしていた。
「たしかに、それは名案だと思います。でも……ごめんなさい。それは無理なんです」
「ど、どうして。やっぱり、親子の関係に戻りたくなったのか?」
「……そろそろ潮時ですね」
「へ……?」
彼女は聞いたことのある「ふぅ」という吐息を漏らして、僕に寂し気な笑顔を向けてきた。
―――私、余命二ヶ月なんです。―――
「……は」




