第13話 結婚の嘱望。
4月24日月曜日、彼女が突発的に「アバンチュールしませんか?」と言うので、僕は帰り道に名駅に立ち寄っていた。
僕は名鉄線の改札口近くで待っていると、ワンピースを端正に身に纏った彼女がやってきた。茶色の縞模様が入っているその身なりは、まさしく“美麗”という言葉に相応しいものだった。
「お、お待たせしました!」
「いやぁ、待ちましたね」
「そ、そんな風に言わないでください!」
そうして改札に入り、北行きのホームに降り立つと、彼女は目を煌めかせながらこう呟いた。
「一度二人で来てみたかったんですよ。ここのホームに」
「歳が十何個も若かったら、もっと楽しめたんだろうな」
「えぇ、私もそのつもりでしたから……」
彼女は悲しみを滲ませることなく、依然として笑顔を保ち続ける。彼女の我慢している様子が、かえって白々しかった。
「でも、本当は三人で来たかったんだよな」
「……分かりますか。そうです。虎之介さんと三人で来れたら幸せだったでしょうね」
彼女はそれでも笑顔を保った。だが、内なる感情は正直で、文字通り瞬く間に瞳を潤ませた。
「それで、次はどこに行くんだ?」
僕は五分待ってその言葉を囁いた。彼女はハッと我に返り、「つ、次の電車に乗りましょう」と言う。
僕らが向かった先は、僅かに一駅先の、栄生駅だった。
「駅の近くにいい喫茶店があるんですよ」
「……お金、ICカードに数百円しかないんだけど」
「稼いでます貯金してます持ってきてます! なので、大丈夫ですよ!」
「そ、そうか……」
店は店名に「珈琲」と付くような茶色い佇まいの喫茶店で、いかにもな名古屋の雰囲気を醸していた。
彼女の方から話すこともなかったので、しばらくして、僕がこんな質問を問うことにする。
「小雪は父とお義母さん、どれぐらい続くと思う?」
「どれぐらいって……願わくばずっと続いてほしいですけど」
「二人とも四十であの蜜月っぷりは、なんか早々に別れる予兆な気がして……」
「まぁ、言いたいことは分かりますよ」
「なんというか……本当は僕らで結婚できたらいいのな。そうすれば、ずっと親族でいられるんだけど」
僕がそう言うと、彼女はニヤリという面持ちをしてこう呟く。
「ですが、現に可能なんですよ。私たちの間には血縁なんてものは通っていませんし」
「……それはそうだけど」
「ここに存在するのは……そうですね。血縁に由来するただの愛情ですから!」
彼女はいつもの笑い顔を浮かべながら、きっぱりとそう言った。
「なんでそう明るいんだよ……?」
「え、だって暗くても仕方ないでしょう?」
「そういう問題なのか……」
結婚の話題になったこのとき、僕は不意に彼女の身体に目をやってしまった。そして彼女の見事な体型に釘付けになり、「一体どこ見ているんですか!?」と、彼女に女子の反応をさせてしまうのだった。
「……なぁ、小雪は僕に性的な目で見られることに抵抗はないのか?」
「もちろん、複雑ではありますけど、自信がないこともないですから」
「いや、そういう問題でもないだろ……」
「私が言った通り、私のことはあくまでも十五歳の少女・鹿野小雪として見てください」
「……いいのか?」
「いいんですよ……そう何度も言わせないでください」
ということで、僕は心の赴くままに彼女の方を見つめて、彼女の「見すぎです!」という言葉を引き出すまでに至った。いまの僕は、彼女のことを母親だなんて思うこともなかった。
……裏を返せば、それだけ、彼女は鹿野小雪という女性を演じていたのだ。




