崩れゆく百八の絆
第63話:崩れゆく百八の絆
濃霧が立ち込める南霧郷の深林。
泥濘に足をとられる葦ヶ原軍の頭上で、シュッと無音の風切り音が響く。直後、兵の一人が悲鳴を上げて崩れ落ちた。胸元には、黒塗りの弩矢が深く突き刺さっている。
「敵だ! どこから撃った!?」
「見えません! 敵の姿が……いや、待ってください!」
うっすらと白く煙る霧の奥。
略帽の後ろから垂らされた「鮮血のような紅い布」が、チラリと揺れて暗闇へと消えていく。
帽子に縫い込まれたあの紅布こそ、朝廷を恐怖に陥れる「紅巾兵」の証。
保護色のようなカーキの軍服で泥と樹木と同化し、無音の弩で狙撃しては一瞬で消え去る――まさにフォックス(狐)の配下にふさわしい、死の幽鬼たちであった。
林田宗一郎と柴田の悲劇的な死に、葦ヶ原軍が深い失意と絶望に沈む隙を、大葉が見逃すはずはなかった。
「敵の陣形が乱れている。容赦するな、畳み掛けろ」
雨と濃霧が入り混じる中、大葉率いる紅巾軍が怒涛の再攻撃を開始した。
帽子の後ろで揺れる紅い布。泥と同化し、無音の弩から放たれる漆黒の矢が、次々と葦ヶ原の陣営を穿っていく。
「敵だ! 敵がまた襲ってきたぞ!」
「くそっ、力が入らない……高熱で目が霞む……!」
マラリアの猛威によって兵たちの体温は跳ね上がり、剣を握る手すらガタガタと震える。
かつて各地の激闘を無敗で潜り抜けてきた一騎当千の豪傑たちが、士気も体力も底をつき、ただ生き残るための「防戦一方」を強いられていた。
視界を阻む霧、鳴りやまぬ悪魔のような羽音、そして容赦なく襲い来る無音の弩弾。
悲鳴と怒号が交錯する南霧郷の泥濘の中で、一人、また一人と仲間たちが倒れていく。
「恵太……みんな……すまない……」
「嫌だ……! 頼むから目を開けてくれッ!!」
恵太の悲痛な叫びも虚しく、運命の歯車は無情にも狂い続けていた。
あの日、天から降り注いだ石碑に刻まれ、永遠を誓い合った『百八人』の仲間たち。
しかし、この凄惨極まる南霧郷の地で――その数は、ついに『百人』へと削り落とされていたのだった。




