忍び寄る赤き熱病
第62話:忍び寄る赤き熱病
南霧郷の地で葦ヶ原軍を苦しめたのは、大葉率いる紅巾軍の巧妙なゲリラ戦術だけではなかった。
この湿地帯には、目に見える敵以上に恐ろしい「沈黙の悪魔」が潜んでいたのだ。
――羽音。
鬱蒼としたジャングルと泥濘から無数に湧き立つ、小ぶりの蚊の群れ。
「くそっ、この湿地、蚊が多すぎる……! 叩いても叩いてもきりがないぞ!」
当初は誰もがただの不快な害虫だと高を括っていた。しかし数日後、恐るべき惨劇が葦ヶ原軍の陣営を襲う。
高熱と激しい悪寒に襲われ、ガタガタと身を震わせながら倒れ込む兵たち。
南霧郷の蚊が媒介する死の病――『マラリア』であった。
「はぁ、はぁ……恵太……心配、するな……俺は、まだ戦える……」
かつて長槍一本で幾多の激戦を潜り抜けてきた絶対的エース・林田宗一郎が、顔を真っ赤に腫らし、荒い息を吐きながら膝をつく。
そして、資金と兵糧の繰り回しで軍を支え続けてきた柴田もまた、高熱にうなされながら意識を失っていった。
「宗一郎! 柴田さん! しっかりしてください! 誰か、薬は!? 衛生班はどこだ!!」
恵太の悲痛な叫びも虚しく、近代的な抗マラリア薬など存在しない異世界の湿地帯において、病魔の進行は容赦がなかった。
数日の衰弱の末――葦ヶ原砦の誇る最強の槍士・林田宗一郎と、温厚なる名主・柴田の二人が、静かに息を引き取ったのだった。
「そんな……嘘だろ……宗一郎……柴田さん……ッ!?」
敵の刃ではなく、見えない病によって大切な仲間を失った絶望。
天降の石碑に名を刻まれた百八人の「絆」に、ついに逃れられぬ欠落の悲劇が刻まれた瞬間であった。




