狂気の猛攻と、苦渋の撤退
第32話:狂気の猛攻と、苦渋の撤退
「退くな! 押し込めぇぇッ!」
黒竜ヶ丘の静寂を切り裂くのは、万願寺祝慶の怒号だった。
朝廷の庇護と狂信的な教義に洗脳された万願寺の私兵や僧兵たちは、自らの命すら顧みず、血煙を上げて葦ヶ原砦の先鋒隊へと殺到してくる。その死を恐れぬ執念は、まさに狂気の塊であった。
「ぐはっ……!? くそっ、こいつら……命が惜しくないのか!」
先陣を切った秦野の狼牙棒が敵を薙ぎ払うが、倒れても倒れても群がり跳ね起きる狂兵たち。
さらに、入り組んだ竹林の死角から矢の雨が降り注ぎ、足をすくう罠が次々と発動する。
縦横無尽の強さを誇る武藤や大八、志郎たちですら、視界を遮る竹林と、連携の取れた藤堂の冷酷な陣形攻撃の前に分断され、身動きを封じられていく。
「いかん……! これ以上は陣形が崩壊する!」
剣道部顧問だった藤堂遼一の放つ、一切の無駄のない一閃が宗一郎の肩を浅く切り裂いた。
悲鳴と怒号、そして血の匂いが立ち込める黒竜ヶ丘。腕利きの仲間たちが次々と手負いとなり、包囲網の輪がじわじわと縮まっていく。
戦況を後方から見つめていた恵太の額から、冷や汗が吹き出していた。
(このまま押し切ろうとすれば……仲間が全滅する……!)
勝ち戦しか知らなかった葦ヶ原砦。だが、目の前にあるのは圧倒的な「組織」と「悪意」に潰される敗北の現実だった。
恵太は血を吐くような思いで、喉の奥から絞り出すように叫んだ。
「全軍……退却だッ!! 引き上げろ! 陣を立て直すんだ!」
「恵太……!?」「撤退だと……!?」
「早くしろ! 死んだら元も子もない! 生きて砦へ帰るんだ!」
副首領・恵太の悲痛な命を受け、志郎や栄留らがしんがり(後衛)を引き受けながら、手負いの仲間を担ぎ上げて決死の脱出を開始する。
勝ち鬨をあげる万願寺の嘲笑を背に受けながら、葦ヶ原砦の軍勢は傷だらけになりながら黒竜ヶ丘の森を逃れ去っていくのだった。




