包丁の師弟と、消えた全校生徒
第23話:包丁の師弟と、消えた全校生徒
首筋に迫る冷たい刃の感触。その瞬間、武藤松生の身体に染みついた空手部の野生本能が、痺れ薬の毒を突き破って跳ね起きた。
「――ッ! なにしてやがる、先生ッ!」
ガツン! と鈍い音が響き、振り下ろされた服部の腕を素手で弾き飛ばすと、そのまま怒涛の掌打で服部の胸元を突き飛ばす。包丁が床に転がり、服部が壁に叩きつけられた。
「そこまでだ、二人とも! 落ち着きなさい!」
殺伐とした客間に響き渡る怒号。奥の勝手口から、採れたての野菜をカゴに抱えた男が駆け込んできた。
もう一人の引率教員――奥田先生だった。
呼吸を荒くして包丁を握り直そうとする服部と、身構える武藤の間へ、奥田先生は割り込むように立ち塞がった。
「武藤くん、服部先生を許してやってくれ。……この人も、正気でこんな真似をしているわけじゃないんだ」
奥田先生はカゴを置くと、深くため息をつき、自分たちがこの惨劇に手を染めるに至った「悲劇の真相」を語り始めた。
「覚えているかい、林間学校の二日目の夜だ。君や松江くん、他の生徒たちが肝試しで次々と山中から姿を消した……。翌朝の点呼でごっそり生徒がいないことに気づいた私や服部先生、そして全校生徒は、警察の捜索を待てずに山へ探しに入ったんだ」
捜索の途中、教員と全校生徒が見つけたのは――山奥にひっそりと佇む、怪しげな古い祠だった。
その重々しい鉄の扉は怪しい光を放ち、石碑には『遇恵而開』という謎の四文字が刻まれていたという。
「扉が開いていたんだ……。まるで生き物みたいに黒い渦が巻いていてね。探し回っていた生徒たちも、私たち教師も、引き寄せられるようにその渦の中へ呑み込まれてしまった」
目が覚めた時、そこは見知らぬ異世界だった。
全校生徒と教師たちはバラバラの場所、バラバラの時代へと飛ばされ、行方知れずになってしまったのだという。
「……そうだったのかよ」
武藤は拳をゆっくりと下ろした。
恵太のあの一言――『遇恵而開』。自分のせいで全校生徒をこの混沌の世界へ巻き込んでしまったという恵太の絶望の理由が、ここで完全に繋がったのだ。




