裏切りの濡れ衣と、水銀の毒杯
第19話:裏切りの濡れ衣と、水銀の毒杯
すずかと密会を重ねていた男の正体――それは、彼女と同じクラスで、元の世界でも交際が噂されていた男子生徒・西野慶次だった。
この異世界で裕福な商人と通じ、権力を傘に着る西野にとって、冴えない大樹など「邪魔な虫けら」に過ぎなかったのだ。
ある日の夕暮れ。
仕事を終え、すずかの好きな菓子を懐に抱えて帰宅した大樹は、玄関で見慣れぬ男物の高級な靴を発見する。
(すずか……? 誰か来ているのか……?)
胸騒ぎを覚え、そっと寝室の障子を覗き込んだ大樹の視界に飛び込んできたのは――互いに肌を重ね、熱い抱擁を交わす二人の姿だった。
「す、すずか……ッ!? お前、何を……ッ!」
衝撃と激怒で血の気が引いた大樹は、なりふり構わず部屋へ飛び込み、西野へ殴りかかった。だが、武力を持たない小柄な大樹の拳など、西野には痛くも痒くもない。
「うっとうしいんだよ、出来損ないが!」
西野の容赦のない蹴りが大樹の腹を打ち抜き、頭を激しく床へ叩きつける。大樹は大量の血を吐き、その場に崩れ落ちた。
「慶次くん……どうしよう! 大樹さんに見られちゃった……!」
「心配するな、すずか。こいつをこのまま生かしておいたら俺たちの邪魔になる」
呼吸も絶え絶えになり、痛みに呻く大樹。
すずかは震える手で、西野から渡された小瓶を取り出した。そこに入っていたのは、治療薬と偽られた重金属――『水銀』を混ぜ込んだ劇薬だった。
「大樹さん……これ、痛みに効くお薬だから……飲んで……」
「す……ずか……っ」
自分を裏切ったはずの妻を、それでも信じようとしたのか。大樹は弱々しく口を開け、差し出された毒液を飲み干してしまう。
直後、胃を焼かれるような壮絶な激痛が大樹を襲った。
「あガッ……!? ぐぁぁぁぁっ!?」
もがき苦しみ、血を吹き出しながら布団をかきむしる大樹。その苦悶の表情を、すずかと西野は冷ややかな目で見下ろしていた。
やがて――小さな喘ぎ声を最後に、大樹の体はぴくりとも動かなくなった。
純朴で優しかった兄の命が、最愛の妻の手によって、あまりにも呆気なく奪われたのだった。




