比婆山のにごり酒と、三拳の虎退治
第17話:比婆山のにごり酒と、三拳の虎退治
柴田の屋敷を後にした武藤松生は、鬱蒼とした木々に覆われた比婆山の山道へと足を踏み入れていた。
道中の峠茶屋に立ち寄った武藤は、そこで出された濃厚なにごり酒を豪快に煽る。
(まあ……未成年飲酒だし、元の世界なら完全にアウトなんだが……背に腹は代えられん。この世界の酒は妙に腹に染みやがる)
ほろ酔い気分で上機嫌になる武藤に、茶屋の主人が青ざめた顔で警告した。
「客人、これより先の山道は通らんほうがいい! 近頃、比婆山に凶悪な人喰い虎が出没し、何人もの旅人が犠牲になっているんじゃ!」
「虎ぁ? へっ……上等じゃねえか。林間学校のダサい飯よりは、歯ごたえがありそうだ」
制止を振り切り、千鳥足で山道を登っていく武藤。
風が不気味に唸りを上げ、落ち葉が舞い散る。その時――凄まじい咆哮とともに、巨大な影が頭上の岩場から躍り出た。
山ほどもある体躯、鋭い牙と爪を剥き出しにした本物の「人喰い虎」だった。
「ガアアアッ!」
「おっと……本当に急襲してきやがったな!」
酒の勢いも相まって、武藤の野生が爆発する。
襲いかかる虎の頭上へ、空手仕込みの身軽さで飛び乗ると、そのまま巨躯を地面へと抑え込んだ。強靭な首根っこを左手でガチリと締め上げ、自由を奪う。
「おいおい、暴れるなよ。拳の練習台にしては上出来だ!」
右拳を固く握り締め、全身の体重と背筋力を一点に集中させる。
――ドカンッ!
一発目の拳が虎の脳天を打ち抜き、地鳴りのような衝撃が走る。
――ドカァンッ!
二発目で虎の巨体が激しく痙攣し、咆哮が悲鳴へと変わる。
――ズドンッ!
三発目。渾身のゲンコツが叩き込まれた瞬間、虎の眼球が裏返り、巨大な体躯がぐったりと砂利の上に崩れ去った。
「ふぅ……まあまあ効いたな」
額の汗を拭い、拳についた虎の毛を払う武藤。
未成年の破天荒な拳士が、素手で人喰い虎を屠ったという噂は、またたく間に比婆山周辺の村々へと広まっていくのだった。




