第90話 鉄の中身を見てみよう
翌朝。
鍛冶場の作業台には、二つの粗鉄塊が並べられていた。
どちらも同じ砂鉄を使い。
同じ木炭を使い。
同じ二号実験炉で作り。
さらに回転式二連ふいごを使って、できるだけ同じ風量を保って作ったものだ。
見た目だけなら。
大きさも。
色も。
表面のごつごつした感じも。
かなり似ている。
「本当に割るんですか?」
アルスが未練たっぷりに尋ねた。
「割る」
ゴルンは即答した。
「せっかく作ったのに……」
「だから割るんだよ」
「まだ納得できません」
「昨日も説明しただろうが」
◇◇◇
ゴルンは一つ目の粗鉄塊を持ち上げた。
「外から見ただけじゃ、中がどうなってるか分からん」
「でも叩けば使えるかどうかは分かりますよね?」
「ある程度はな」
「じゃあ――」
「坊ちゃん」
ゴルンはアルスを見る。
「良い鉄を作りたいんだろ?」
「はい」
「だったら、できた物を惜しんで調べない方がもったいねぇ」
「……」
アルスは言葉に詰まった。
◇◇◇
確かにその通りだった。
試作品を残すことは大切だ。
しかし残すことだけが目的ではない。
必要なら。
切る。
割る。
削る。
そして中を見る。
そうしなければ分からないことがある。
「分かりました」
「よし」
「でも一個だけ残しません?」
「残す」
「よかった」
◇◇◇
今回使う粗鉄塊は、比較用に三つ作っていた。
二つを調査用。
一つを保存用にする。
「じゃあ始めるぞ」
「はい」
ゴルンは粗鉄塊を金床へ置いた。
そして大型のたがねを当てる。
「坊ちゃん、離れろ」
「はい」
槌が振り下ろされる。
ガンッ!
金属音。
もう一度。
ガンッ!
そして。
バキッ。
粗鉄塊が二つに割れた。
◇◇◇
「……うわ」
アルスが思わず声を漏らす。
割れた断面は。
想像以上に汚かった。
鈍い銀色。
黒。
灰色。
ところどころ穴もある。
「外から見るより全然違いますね」
「だろ?」
ゴルンが断面を指差す。
「ここ」
「黒いですね」
「滓が多い」
「こっちは?」
「金属っぽい」
「その辺はまだマシだな」
◇◇◇
アルスは顔を近づけすぎないよう注意しながら、断面をじっと観察する。
同じ一個の粗鉄塊なのに。
場所によって全く違う。
(鑑定なら分かるかな)
誰にも気付かれないように。
心の中で使う。
【粗鉄塊・断面A】
鉄分:高
炭素量:低~中
不純物:中
加工適性:普通
少し位置を変える。
【粗鉄塊・断面B】
鉄分:中
炭素量:高
不純物:多
加工適性:低
「……やっぱり」
アルスが小さく呟く。
「何がやっぱりだ?」
「えっ」
危ない。
「場所によって違うんだなって」
「見れば分かるだろ」
「ですよね!」
◇◇◇
アルスは改めて考える。
炭素量。
前世では当たり前に知っていた言葉だ。
鉄に炭素がどれくらい含まれるかによって。
性質が大きく変わる。
少なければ柔らかく。
多くなれば硬くなる。
しかし。
多すぎれば脆くなることもある。
そして適切な範囲に収まったものが鋼になる。
(でも)
この世界には。
炭素量を正確に測る分析装置などない。
少なくとも。
この鍛冶場にはない。
◇◇◇
「ゴルンさん」
「なんだ?」
「鉄って」
「木炭の成分が中に入ることあります?」
「成分?」
「えっと」
アルスは言葉を選ぶ。
「炭の性質が鉄に移るみたいな」
ゴルンは少し考えた。
「あるな」
「やっぱり!」
「昔から炭を使って鉄を硬くするやり方はある」
「じゃあ」
「鉄の中に炭の何かが入ってる?」
「何かまでは知らん」
◇◇◇
ゴルンは正直だった。
「ただ」
「炭の中で長く熱した鉄が硬くなることはある」
「逆に」
「やりすぎると割れやすくなることもある」
「……」
アルスの前世知識と一致する。
(やっぱり炭素だ)
ただし。
今の段階で。
炭素という言葉だけ出しても。
説明できない。
見えない。
測れない。
なら。
「測れないなら」
「比べればいい」
「また始まったな」
ゴルンが笑った。
◇◇◇
「どう比べる?」
「まず」
アルスは割れた粗鉄塊を見る。
「硬さ」
「それから割れ方」
「あと」
少し考える。
「火花」
「火花?」
「鉄を削った時の火花って」
「鉄によって違いません?」
ゴルンの表情が変わった。
◇◇◇
「……違うな」
「やっぱり!」
「硬い鉄を砥石に当てると、火花が細かく散ることがある」
「柔らかい鉄は?」
「比較的おとなしい」
アルスの目が輝く。
(火花試験)
前世の知識にもある。
鋼材をグラインダーへ当て。
火花の形や分岐を見ることで。
大まかな材質を見分ける。
もちろん。
この世界には電動グラインダーなどない。
でも。
「砥石ならありますよね?」
「ある」
「試せます?」
「できる」
◇◇◇
まずは。
粗鉄塊の中から。
見た目の違う部分をいくつか切り分ける。
鈍い銀色が多い部分。
黒い滓が多い部分。
そして。
やや明るく硬そうな部分。
「これに番号を付けます」
「一号」
「二号」
「三号」
「坊ちゃん」
「はい?」
「字が小さすぎる」
「あ」
ゴルンが札を大きめに作り直す。
◇◇◇
一号。
二号。
三号。
三つの試料。
まず。
小槌で叩いてみる。
もちろんアルスだけでは判断できないので。
ゴルンが同じ程度の力で叩く。
カンッ。
一号は少し変形する。
カンッ。
二号は端が欠けた。
カンッ。
三号は変形しにくい。
「三号が硬い?」
「そう見えるな」
「二号は?」
「脆い」
「硬いのと脆いのは同じじゃないんですね」
「違う」
◇◇◇
硬い。
だから良い。
単純ではない。
硬くても。
すぐ割れれば刃物には向かない。
逆に柔らかすぎれば。
曲がったり。
刃がすぐ鈍ったりする。
「またバランス……」
「鍛冶なんぞ大体そうだ」
ゴルンが言う。
◇◇◇
次は砥石。
普段は刃物の仕上げに使うものではなく。
試験用に少し粗い回転砥石を使う。
職人が足踏みで回転させる。
「危ないから坊ちゃんは離れてろ」
「分かってます」
アルスは記録板を持って後ろへ下がる。
ゴルンが一号試料を軽く当てる。
シャアアッ!
橙色の火花が伸びる。
「一号」
次。
二号。
シャッ!
火花は出るが。
少し短い。
「違いますね」
「ああ」
◇◇◇
そして三号。
ゴルンが砥石へ当てる。
シャアアアッ!
「わっ」
火花が勢いよく広がる。
しかも。
途中で小さく枝分かれするように散った。
「これ!」
アルスが目を輝かせる。
「明らかに違います!」
「そうだな」
「硬かった三号の方が」
「火花も多い?」
「少なくとも今はそう見える」
◇◇◇
アルスは紙へ文章で記録していく。
一号は槌で叩いた時に比較的変形しやすく、砥石へ当てた際の火花も長いが枝分かれは少なかった。
二号は黒い滓が多く、叩くと欠けやすいうえ、火花も弱かった。
そして三号は叩いた時に変形しにくく、砥石へ当てた時には細かな火花が多く散った。
「これで」
「少し見分けられるかもしれない」
「何を?」
ゴルンが尋ねる。
アルスは少し止まった。
「……鉄の性質?」
「曖昧だな」
「まだ炭の量って言い切れないので」
「それでいい」
◇◇◇
そこへ。
「楽しそうですね」
リーナの声がした。
「先生?」
今日はアルスの魔法授業の日だった。
しかし。
予定時間になってもアルスが戻ってこないため。
迎えに来たらしい。
「アルス様」
「はい」
「現在時刻について何か言うことは?」
「……ごめんなさい」
「よろしい」
ゴルンが笑う。
「坊ちゃん」
「時間も管理しろ」
「はい……」
◇◇◇
だが。
リーナも机の上の試料を見て興味を示した。
「これは?」
「砂鉄から作った鉄です」
「もうここまで?」
「まだ質は悪いです」
アルスは今日やったことを説明する。
すると。
リーナが少し考えた。
「魔法でも似た方法を使いますよ」
「似た方法?」
「はい」
◇◇◇
「魔力そのものは目で見えません」
「だから」
「魔力水晶の光」
「魔法の威力」
「発動速度」
「持続時間」
「そうした見える結果から、内部の状態を推測します」
「……同じだ」
アルスが呟く。
「直接見えないなら」
「見えるものから考える」
「そうですね」
リーナは微笑んだ。
◇◇◇
「でも」
アルスは粗鉄を見つめる。
「もっと分かりやすい方法が欲しいです」
「また道具を作る気か?」
ゴルンが警戒する。
「まだ作りません!」
「まだって言ったな」
「言ってません」
「言った」
◇◇◇
魔法授業のため。
一度鍛冶場を離れる。
しかし。
アルスの頭の中は。
鉄のことでいっぱいだった。
「アルス様」
「はい」
「集中してください」
「してます!」
「では今私が何を説明しました?」
「……魔力循環?」
「違います」
「すみません」
◇◇◇
リーナは呆れつつも。
少し笑った。
「今日は基礎だけにしましょう」
「ありがとうございます」
「ただし」
「はい?」
「終わった後で鉄の話をしてもいいので」
「本当ですか!?」
「目が戻りましたね」
◇◇◇
授業終了後。
アルスはリーナにも相談した。
「同じ鉄なのに」
「場所によって硬さが違うんです」
「どうしてだと思います?」
「専門外ですよ?」
「一緒に考えるだけです」
「それなら」
リーナは少し考え込む。
◇◇◇
「炉の中が完全に同じ状態ではないからでは?」
「炉の中?」
「火魔法でも」
「炎の中心と端では温度が違います」
「空気の流れも同じではありません」
「なら」
「炉の中でも場所によって」
「熱の強さや空気の流れが違うのでは?」
アルスの目が大きくなる。
「それだ!」
「え?」
「先生ありがとうございます!」
◇◇◇
アルスは鍛冶場へ戻り。
「ゴルンさん!」
「今日はもう終わりじゃなかったのか!?」
「思いつきました!」
「嫌な予感しかしねぇ!」
「炉の中の場所です!」
「場所?」
◇◇◇
「砂鉄を入れた時」
「全部同じところを通るわけじゃないですよね?」
「まあな」
「送風口に近いところと」
「遠いところで」
「温度とか空気の量が違うかもしれません」
ゴルンが黙る。
「つまり?」
「粗鉄の場所によって質が違うのは」
「炉の中が均一じゃないからかもしれません」
◇◇◇
ゴルンは実験炉を見る。
送風口は一つ。
そこから空気を入れている。
当然。
送風口近くは。
燃焼が強い。
遠い場所では。
少し弱い可能性がある。
「あり得るな」
「ですよね!」
「だが」
「はい?」
「それを確かめるにはどうする?」
アルスは考え込む。
◇◇◇
炉の中へ入って見るわけにはいかない。
温度計もない。
なら。
「できた粗鉄が」
「炉のどこにあったか分かるようにする?」
「どうやって」
「……」
アルスが固まる。
また新しい問題が出た。
「難しい……」
「だから面白ぇんだろ?」
ゴルンが笑った。
「はい!」
◇◇◇
翌日。
今度は。
粗鉄を完全に一つへまとめる前に。
炉の中から取り出した位置ごとに。
できるだけ分けて保存することにした。
送風口に近い側。
中央。
そして反対側。
完全に正確ではない。
しかし。
何も分けないよりはいい。
◇◇◇
再び同じ条件で製鉄する。
そして。
炉を冷やし。
慎重に崩す。
「ここが送風口側」
「はい」
「中央」
「はい」
「こっちは奥」
「はい」
それぞれ別の木箱へ入れる。
◇◇◇
次に。
同じように熱し。
叩き。
砥石へ当てる。
すると。
「やっぱり違う」
アルスが呟いた。
送風口に近い側の鉄は。
比較的硬い。
火花も強い。
しかし。
一部は脆かった。
中央は。
比較的まとまりが良い。
奥側は。
鉄になりきっていない部分が多い。
◇◇◇
「完全じゃないけど」
「差があります」
「ああ」
ゴルンも認める。
「となると」
「風を一定にするだけじゃ足りねぇな」
「炉の中へどう風を広げるか」
「そこも考えないと」
「はい」
◇◇◇
アルスは二号実験炉を見る。
今までは。
風量ばかり考えていた。
しかし。
同じ量の空気を送っても。
炉全体へ均等に届かなければ。
場所によって差が出る。
「送風口を増やす?」
アルスが言う。
「ありだな」
「左右から入れる?」
「それもあり」
「でも風がぶつかったら?」
「やってみなきゃ分からん」
◇◇◇
また。
実験項目が増えた。
しかしアルスは。
以前のように。
全部を一度に試そうとはしなかった。
「次は」
「送風口を二つにします」
「他は同じ?」
「はい」
「よし」
ゴルンが頷いた。
◇◇◇
夕方。
父カインが工房へやって来た。
「今日は鉄を割っていたと聞いた」
「はい」
「惜しくなかったか?」
「すごく惜しかったです」
「それでも割った?」
「はい」
「なぜだ?」
アルスは答える。
「中を見ないと」
「良くする方法が分からないからです」
◇◇◇
カインは満足そうに頷いた。
「それで何が分かった?」
「同じ塊でも」
「中身は同じじゃありませんでした」
「硬いところ」
「脆いところ」
「不純物が多いところ」
「いろいろありました」
「原因は?」
「まだ分かりません」
アルスは正直に答える。
「でも」
「炉の中の場所で」
「熱とか風の当たり方が違うのかもしれません」
◇◇◇
「なるほど」
カインは炉を見る。
「また問題が増えたな」
「はい」
「嫌か?」
「いいえ」
アルスは笑う。
「むしろ面白いです」
「そうか」
◇◇◇
その夜。
アルスは手帳を開く。
そしてゆっくり書く。
『そとがおなじでも なかはおなじじゃない』
続けて。
『みえないものは みえるけっかから かんがえる』
さらに。
今日、一番大切だと思ったことを書く。
『つくったものを こわすことも べんきょうになる』
◇◇◇
アルスは。
机の上に置かれた三つの鉄片を見る。
一号。
二号。
三号。
どれも。
同じ粗鉄塊から切り出したもの。
しかし。
性質は違った。
(鉄って)
「思ったよりずっと複雑だ」
◇◇◇
前世では。
鋼材には名前があり。
規格があり。
成分表があり。
用途が決まっていた。
だが。
その便利さの裏には。
鉄を作り。
比べ。
壊し。
調べ。
何世代にもわたって積み重ねられた知識がある。
今のアルスたちは。
その道を。
この世界で。
もう一度歩き始めている。
◇◇◇
砂鉄。
木炭。
炉。
風。
鍛錬。
そして。
鉄の中に含まれる。
目には見えない何か。
アルスはまだ。
それをこの世界の言葉でどう説明するべきか知らない。
だが。
前世の知識では知っている。
炭素。
その小さな存在が。
鉄を柔らかくもし。
硬くもし。
そして。
刃物に使える《鋼》へ変える。
やがてアルスは。
この世界の職人たちと共に。
鉄をただ「硬い」「柔らかい」で分けるのではなく。
火花。
硬さ。
曲がり。
割れ方。
鍛えやすさ。
そうした現場で確認できる特徴から。
鉄と鋼を分類するための基準
を作り始めることになる。
しかし。
その前に――。
「送風口を二つ……」
ベッドの中。
アルスは天井を見ながら呟いた。
「左右から風を入れたら……」
そして数秒後。
「……明日考えよう」
自分から考えるのを止め。
目を閉じた。
少しずつではあるが。
休むことも仕事の一つだと。
五歳の少年は。
ようやく覚え始めていた。
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次回 第91話「二つの送風口」
粗鉄の内部を調べた結果、炉の場所によって鉄の質が変わっている可能性に気付いたアルスたち。
そこで二号実験炉を改修し、送風口を一つから二つへ増やすことになる。
しかし単純に左右から風を送れば良いわけではなく、角度が悪ければ炎の流れが偏り、木炭だけが激しく燃えてしまう。
そこでゴルンとアルスは火の色と粗鉄の出来を見ながら、風を入れる向きまで少しずつ調整していく。
そして実験の結果、これまでより質のばらつきが少ない粗鉄塊が姿を現す。
だがその時、ゴルンは一つの疑問を口にする。
「坊ちゃん。この鉄……今までより槌の返りが違わねぇか?」
アルスたちはついに、《粗鉄》から《鋼》へ近づき始める。




