↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『伯爵家次男に転生した俺は、前世の知識で世界を変えていく』  作者: バモス
第一章 幼少期編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/95

第82話 短縮詠唱という実験

 アルスが魔法訓練表へ、新たな一行を書き加えた翌日。


 第六段階――詠唱短縮。


 そして、その横には大きな文字で、


 『リーナ先生といっしょにやる!』


 と書かれている。


 前回、勝手に実験しないよう釘を刺されたからだ。


「……よろしいでしょう」


 家庭教師リーナは訓練表を見ながら頷いた。


「本当ですか!?」


「ただし条件があります」


「はい!」


「私が立ち会うこと」


「はい!」


「一度に大きな魔力を使わないこと」


「はい!」


「少しでも異常を感じたら中止すること」


「はい!」


「そして――」


 リーナの目が細くなる。


「成功しても調子に乗らないこと」


「…………はい」


「今、少し間がありましたね?」


「気のせいです!」


     ◇◇◇


 その日の午後。


 魔法訓練場には四人の姿があった。


 アルス。


 兄アレックス。


 リーナ。


 そして父カイン。


「私も見学して構わないか?」


「もちろんです、お父様」


 カインは腕を組む。


「昨日からリーナが難しい顔をしていたからな」


「旦那様」


「冗談だ」


「半分くらい本当でしょう?」


「……まあな」


     ◇◇◇


「では始めます」


 リーナは用意した紙を見せた。


 今回試すのは初級火魔法。


 《ファイアー》。


 ただし、威力は最低限。


 最初は通常詠唱。


 次に短縮詠唱。


 さらに魔法名だけ。


 最後に無詠唱。


「四段階で比較します」


 アルスが嬉しそうに紙を持つ。


「発動時間も測ります!」


 父が眉を上げた。


「そこまでやるのか?」


「比較するなら数字があった方が分かりやすいので」


「……なるほど」


     ◇◇◇


 最初はアレックス。


「通常詠唱からお願いします」


「ああ」


 的へ向かって右手を構える。


 呼吸。


 集中。


「炎よ、我が魔力に応え、その姿を現せ――《ファイアー》!」


 ボッ!


 火球が生まれる。


 そのまま飛翔。


 ボンッ!


 的へ命中。


「成功」


 アルスが記録する。


「発動も安定しています」


 リーナも頷いた。


「これを基準にしましょう」


     ◇◇◇


「次」


 アルスが紙を見る。


「短縮詠唱」


 リーナが用意した言葉は――。


「炎よ、現れよ――《ファイアー》!」


 通常よりかなり短い。


「やってみます」


 アレックスが集中する。


「炎よ、現れよ――《ファイアー》!」


 ボッ!


 炎が生まれる。


「成功!」


 しかし。


「少し小さい?」


 アルスが首を傾げる。


「ええ」


 リーナが答える。


「魔力の集まりが通常より不安定でした」


「僕もそんな感じがした」


 アレックスが自分の手を見る。


     ◇◇◇


「もう一度やってみましょう」


 二回目。


 成功。


 三回目。


 成功。


 四回目。


 炎が一瞬揺らぐ。


 五回目。


 成功。


「四回目だけ不安定」


 アルスが記録する。


「でも発動は早くなってます」


「そのようですね」


     ◇◇◇


「次は……」


 アルスの目が輝く。


「魔法名だけ」


 アレックスが苦笑する。


「いきなり難しくなった気がする」


「無理なら止めます」


「やってみる」


 右手へ魔力を集める。


 火。


 熱。


 球体。


 前へ飛ばす。


 今まで詠唱が補助していた部分を、自分の意識で組み立てる。


「《ファイアー》!」


 ボッ!


「おお!」


 火球が出た。


 しかし――。


 ポシュッ。


 的へ届く前に消えた。


「あ」


     ◇◇◇


「発動自体は成功です」


 リーナが言う。


「ですが術式維持に失敗しました」


「維持……」


 アルスは書き込む。


 魔法名のみ――発動成功。飛翔途中で消失。


「もう一回」


 アレックスが構える。


「《ファイアー》!」


 ボッ!


 今度は飛ぶ。


 だが的の手前へ落ちる。


 三回目。


「《ファイアー》!」


 ボンッ!


「当たった!」


 命中。


 ただし通常より威力は弱い。


     ◇◇◇


「難しい」


 アレックスが息を吐く。


「詠唱が短くなるほど、自分で考えることが増える」


「昨日の話と同じですね」


「ああ」


 アルスは記録する。


 通常詠唱。


 安定。


 発動は遅い。


 短縮詠唱。


 少し不安定。


 発動は速い。


 魔法名のみ。


 かなり不安定。


 発動はさらに速い。


「じゃあ最後」


 アルスが言う。


「無詠唱」


     ◇◇◇


 アレックスは深呼吸する。


 昨日成功した方法。


 右手へ魔力。


 温かさ。


 熱。


 火。


 形。


「…………」


 ボッ。


 小さな炎が出た。


 しかし。


 それだけ。


「やっぱり火球にはならないな」


「でも無詠唱で火を作れてます」


 アルスは記録する。


 リーナが口を開く。


「ここで一度休憩しましょう」


「はい」


     ◇◇◇


 休憩中。


 アルスは四つの結果を並べていた。


「面白い……」


「何がだ?」


 父が尋ねる。


「詠唱が短くなると」


 アルスは指差す。


「発動は早くなります」


「だが失敗も増えている」


「はい」


 通常詠唱では五回中五回成功。


 短縮詠唱では、ほぼ成功。


 魔法名のみになると成功率は大きく落ちる。


 無詠唱では、火を出すだけでも高い集中が必要。


「つまり」


 アルスは紙へ書く。


 速さと安定性。


「両方いいところだけ取るのは難しい」


     ◇◇◇


「農具と同じだな」


 父が言った。


「軽くすれば扱いやすい」


「しかし軽すぎれば硬い土へ入らない」


「刃物も同じです」


 アルスが続ける。


「硬くすれば切れ味は保ちやすいけど、硬すぎると欠ける」


「そういうことだ」


 カインは微笑む。


「魔法にも均衡があるのだろう」


     ◇◇◇


「ではアルス様」


 リーナが言う。


「次はご自身で試してみますか?」


「僕ですか?」


「はい」


 アレックスがニヤリと笑う。


「人にやらせるだけじゃ駄目だろ?」


「分かりました」


 アルスが前へ出る。


 ただし。


(どこまで見せよう)


 自分は既に、かなり自由に魔力を操作できる。


 無詠唱もできる。


 それを全部見せれば――。


「アルス」


 父の声。


「はい?」


「今日は隠さなくていい」


「…………」


 見抜かれた。


     ◇◇◇


「以前言っただろう」


 カインは穏やかに続ける。


「お前が話せる時まで待つ」


「だが訓練で力を隠して事故を起こす方が危険だ」


「……はい」


 アルスは小さく息を吐いた。


「分かりました」


     ◇◇◇


 まず通常詠唱。


「炎よ、我が魔力に応え、その姿を現せ――《ファイアー》」


 ボッ!


 火球。


 安定。


 命中。


「次」


 短縮。


「炎よ、現れよ――《ファイアー》」


 ボッ!


 命中。


「魔法名のみ」


「《ファイアー》」


 ボッ!


 火球がほぼ同じ大きさで飛ぶ。


 ボンッ!


 命中。


 アレックスの顔が引きつる。


「……普通にできてない?」


「アルス様」


 リーナも額へ手を当てた。


     ◇◇◇


「じゃ、じゃあ無詠唱を……」


 アルスは右手を前へ。


 魔力を集める。


 火属性へ変換。


 形を決める。


 威力を抑える。


 そして。


 ボッ!


 拳ほどの火球が現れた。


「…………」


 全員が黙った。


「あ」


 アルスも固まる。


(やりすぎた)


     ◇◇◇


「アルス」


「はい……」


「昨日、アレックスが出した無詠唱魔法を覚えているか?」


「指先くらいの火でした」


「お前のそれは?」


「……火球です」


「そうだな」


「…………」


 怒られる。


 そう思ったが。


「消しなさい」


「はい」


 アルスは魔力を止める。


 火球が消えた。


     ◇◇◇


 父は怒らなかった。


 代わりに。


「リーナ」


「はい」


「五歳として普通か?」


「旦那様」


 リーナは真顔で答えた。


「その質問に意味はないと思います」


「そうか」


「はい」


「アルス様を普通の五歳児と比較する段階は、とっくに過ぎています」


「先生!?」


 アレックスが吹き出した。


「ははは!」


「兄様まで!」


     ◇◇◇


 しかし。


 リーナはすぐ真剣な表情へ戻る。


「問題は別にあります」


「アルス様」


「はい」


「今の無詠唱」


「魔力消費は?」


「通常より……少ないです」


「…………」


「え?」


 アレックスが止まる。


「普通は増えるんじゃないの?」


「僕の場合」


 アルスは考えながら答える。


「必要な分だけ直接動かしてる感じなので」


 リーナの目が鋭くなる。


「直接……」


     ◇◇◇


「詠唱している時」


「魔力が少し余分に動いてる感じがします」


「でも無詠唱なら」


「必要な場所へ必要な量だけ送れる」


 リーナはしばらく沈黙した。


「つまり」


「熟練した魔力操作があれば、無詠唱はむしろ効率化する可能性がある?」


「たぶん」


「ただ」


 アルスは付け加える。


「兄様の場合は逆だと思います」


「なぜ?」


「まだ操作に慣れてないから」


     ◇◇◇


 ここで一つの仮説が生まれた。


 初心者。


 詠唱の方が安全で効率的。


 中級者。


 短縮詠唱が使える。


 上級者。


 魔法名だけでも発動可能。


 そして魔力操作に熟達した者なら――。


 無詠唱。


「段階がある……」


 アルスが呟く。


「これ」


 訓練表へ書き込む。


     ◇◇◇


 魔力操作習熟度と推奨発動方式


 初級――通常詠唱。


 中級――短縮詠唱。


 上級――魔法名のみ。


 熟練――無詠唱。


「待てアルス」


 父が止める。


「はい?」


「今の時点で決めつけるな」


「あ」


「試したのは二人だけだ」


 アルスはハッとした。


 二号鍬でもそうだった。


 一つの土地だけで成功しても、別の土地では問題が出た。


「もっと人数が必要……」


「そうだ」


     ◇◇◇


「ただし」


 カインは訓練表を見る。


「すぐ人数を増やすこともしない」


「安全性が分からないから?」


「その通り」


 父は少し笑った。


「学んでいるな」


「はい!」


     ◇◇◇


 実験終了後。


 兄弟は訓練場の隅へ座っていた。


「アルス」


「なに、兄様?」


「僕、通常詠唱から続けるよ」


「無詠唱やらないんですか?」


「やる」


「でも急がない」


 アレックスは自分の右手を見る。


「今日分かった」


「詠唱って、初心者のためにちゃんと意味があるんだな」


「はい」


「ならまず詠唱で魔力の動きを覚える」


「それから短くする」


 アルスは笑った。


「その方がいいと思います」


     ◇◇◇


「それに」


 アレックスがアルスを見る。


「いつかお前と同じくらいできるようになる」


「僕も負けませんよ」


「兄に勝つ気か?」


「もちろんです」


「言ったな?」


 二人は笑った。


     ◇◇◇


 その夜。


 父カインの執務室。


 机の上には、アルスが作った魔法訓練表の写しが置かれていた。


 カインは何度も読み返す。


 魔力感知。


 集中。


 移動。


 維持。


 魔法接続。


 詠唱短縮。


 そして。


 発動方式の段階分け。


「旦那様」


 ライムが尋ねる。


「どうかなさいましたか?」


「これを見ていた」


     ◇◇◇


 ライムも読む。


「アルス様が?」


「ああ」


「五歳でございますよね?」


「その確認は私も何度もした」


「左様でございますか」


 カインは椅子へ深く座る。


「農具だけなら」


「少し変わった発想を持つ子で済んだ」


「鍛冶も」


「職人が好きなのだと思えた」


「だがこれは……」


 言葉が止まる。


     ◇◇◇


 単に魔法が得意なのではない。


 自分ができる。


 そこで終わらない。


 手順へ分ける。


 記録する。


 比較する。


 失敗理由を探す。


 他人が再現できる方法へ変えようとする。


「この子は」


 カインは小さく呟いた。


「技術を仕組みに変えようとしている」


     ◇◇◇


「中央へ報告なさいますか?」


 ライムが尋ねる。


「いや」


 カインは即答した。


「まだ早い」


「これはアルスとアレックス」


「そして我が家の中だけに留める」


「承知しました」


「リーナにも念を押しておいてくれ」


「はい」


 父親として。


 領主として。


 カインは理解していた。


 農具なら広めてもいい。


 だが魔法技術は違う。


 軍事にも。


 冒険者にも。


 貴族間の力関係にも影響する。


 慎重でなければならない。


     ◇◇◇


 一方。


 そんな父の心配など知らないアルスは。


 自室で手帳を開いていた。


 今日の言葉。


 『はやいことと あんていすることは ちがう』


 次。


 『ふたりで できても みんなが できるとは かぎらない』


 さらに。


 少し考えて。


 『まほうも ためして くらべる』


「よし」


     ◇◇◇


 アルスは訓練表を見る。


 まだ穴だらけ。


 分からないことばかり。


 詠唱はなぜ魔力を安定させるのか。


 属性変換はどこで起こるのか。


 魔法名そのものに意味はあるのか。


 人によって魔力操作の得意不得意は違うのか。


 疑問が次々と生まれる。


(面白いな)


 農具を改良した時と同じ。


 鍛冶を学んだ時と同じ。


 知らないことがある。


 試す。


 失敗する。


 考える。


 また試す。


 その繰り返し。


     ◇◇◇


 そして。


 アルスはまだ知らない。


 この日作った、


 通常詠唱。


 短縮詠唱。


 魔法名発動。


 無詠唱。


 という段階的な考え方が。


 遠い未来。


 シュゲール領における魔法教育の原型となることを。


 だが。


 それ以上に重要だったのは――。


 父カインが初めて明確に理解したこと。


 アルスの才能は。


 ただ強い魔法を使えることではない。


 新しい道具を作れることでもない。


 目の前にある技術を。


 観察し。


 分解し。


 試し。


 誰かへ伝えられる形に作り直す。


 それこそが――。


 アルス・シュゲールという少年が持つ、本当の異質さなのだと。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。