↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『伯爵家次男に転生した俺は、前世の知識で世界を変えていく』  作者: バモス
第一章 幼少期編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
80/95

第80話 兄弟の魔力操作

 その日の夕食後。


 アルスが自室へ戻ろうとしていると、廊下の向こうから兄アレックスが早足でやって来た。


「アルス」


「兄様?」


 どこか決意したような顔をしている。


「昨日言ったこと、覚えてるよね?」


「昨日……?」


「魔力操作」


「ああ」


 アルスはすぐに思い出した。


 父カインに、自分が毎晩魔力操作を続けていることを知られた。


 その場にいたアレックスは、


 『僕も今日からやる』


 と言っていたのだ。


「本当にやるんですか?」


「もちろん」


「でも、結構地味ですよ」


「それでもいい」


 アレックスは真剣だった。


「アルスが毎日続けて強くなったなら、僕もやりたい」


 アルスは少しだけ困った。


(どうしよう)


 自分の場合は《魔力操作》という転生特典がある。


 生まれた頃から、魔力を感じること自体が簡単だった。


 しかし兄には、その補助がない。


(教え方、分からないぞ……)


     ◇◇◇


 二人は父カインへ許可を取り、夜の学習室を借りた。


「無理はするな」


「気分が悪くなったらすぐに止めること」


 父はそれだけ言って、二人を送り出した。


「分かりました、父上」


「はい、お父様」


 学習室へ入る。


 机と椅子を端へ寄せ、床へ座る。


「それで」


 アレックスが尋ねた。


「何をすればいい?」


「えっと……」


 アルスは言葉に詰まった。


     ◇◇◇


「まず魔力を感じます」


「どうやって?」


「…………」


 早速つまずいた。


(僕はどうやって感じてるんだ?)


 考えてみる。


 生まれた時から魔力があることを知っていた。


 意識を内側へ向ければ、そこにある。


 それだけ。


「体の中に……温かい流れみたいなの、ありません?」


 アレックスが目を閉じる。


「…………分からない」


「ですよね」


「ですよね、じゃない」


「ごめんなさい」


     ◇◇◇


 アルスは頭を抱えた。


 自分にとって当たり前のことを、人へ説明する。


 思った以上に難しい。


(ゴルンさんが釘の作り方を教える時も、こんな感じなのかな)


 熟練者が感覚でできること。


 初心者には、その感覚そのものがない。


 なら。


(もっと細かく分ければいい)


「兄様」


「なに?」


「まず呼吸をゆっくりしてください」


「呼吸?」


「はい」


 アルスは自分が普段行っている方法を一つずつ言葉にしていく。


     ◇◇◇


「鼻からゆっくり吸う」


「それから吐く」


「肩に力を入れない」


「目を閉じる」


「手をお腹に置いてください」


 アレックスが従う。


「次は?」


「呼吸するたびに、お腹の奥が少し温かくなる感じを探してください」


「温かい……」


 しばらく沈黙。


 一分。


 二分。


「……何となく」


「え?」


「何かある気がする」


 アルスの顔が明るくなる。


「それです!」


「まだ分からないぞ」


「でも最初の一歩です!」


     ◇◇◇


 アレックスは集中を続ける。


 アルスは隣で様子を見守った。


「それを動かしてみてください」


「どうやって?」


「……」


 また止まる。


「また説明できないの?」


「すみません」


「ははは」


 兄が笑った。


「アルスにも苦手なことがあるんだな」


「いっぱいありますよ」


     ◇◇◇


 今度はアルスが実際にやってみることにした。


「兄様、僕の手を握ってください」


「こう?」


「はい」


 アルスはごく少量の魔力を右手へ集める。


「今、手が少し温かくないですか?」


 アレックスが驚く。


「……温かい」


「これが魔力です」


「これが?」


「はい」


 アルスは魔力を弱める。


「消えた」


「また流します」


「戻った」


 何度か繰り返す。


 アレックスの表情が少しずつ変わっていく。


「分かったかもしれない」


     ◇◇◇


 今度は自分の体内へ意識を向ける。


 アレックスは目を閉じた。


「……胸の下あたり」


「はい」


「そこに、さっきと似た感じがある」


「そこから急に動かそうとしないでください」


「どうする?」


「まず感じるだけです」


 アレックスが目を開く。


「動かさないの?」


「はい」


「今日はそこまででもいいと思います」


「まだ始めたばかりなのに?」


「だからです」


 アルスは真面目に答えた。


     ◇◇◇


「僕も昔は……」


 言いかけて止まる。


 生まれた直後からやっていた、などと言えば説明が難しい。


「ずっと少しずつやってきました」


「なら僕も少しずつか」


「はい」


「分かった」


 アレックスは意外なほど素直だった。


「毎晩やる」


「無理はしないでくださいね」


「それ、アルスが言う?」


「どういう意味ですか?」


「お前の方が夢中になると止まらないだろ」


「……」


 否定できなかった。


     ◇◇◇


 その夜の訓練は、三十分ほどで終えた。


 結果。


 アレックスは魔力の存在を何となく感じられるようになった。


 それだけ。


 でもアルスにとっては大きな成果だった。


(人に教えるのって、こんなに難しいんだ)


 自室へ戻ってからも、そのことばかり考えていた。


     ◇◇◇


 翌日。


 アルスは家庭教師リーナへ相談した。


「先生」


「はい?」


「魔力操作って、どうやって教えるんですか?」


 リーナが少し驚く。


「どうしてです?」


「兄様に教えていて」


「なるほど」


 リーナは微笑む。


「難しかったでしょう?」


「すごく」


「当然です」


     ◇◇◇


「魔力感知には個人差があります」


「感覚で分かる人」


「詠唱を使うことで分かる人」


「魔法具を利用した方が分かりやすい人」


「いろいろです」


「じゃあ、一つの方法じゃ駄目?」


「そうですね」


 アルスは納得した。


 農具と同じだった。


 土地が違えば、必要な刃も違う。


 人が違えば、教え方も違う。


「先生ならどうします?」


「まず呼吸」


「次に身体感覚」


「それでも難しければ、魔力水晶を使います」


「魔力水晶?」


     ◇◇◇


 リーナは小さな透明水晶を取り出した。


「魔力を流すと、淡く光ります」


「へぇ……」


「自分では感覚が分かりにくい人でも」


「光という目で見える結果があれば理解しやすくなります」


 アルスの目が輝いた。


(見える形にする)


 それはとても大切な考え方だった。


     ◇◇◇


 その日の夜。


 兄弟二人の二回目の訓練。


「今日はこれを使います」


「水晶?」


「リーナ先生に借りました」


 アレックスが手を乗せる。


「どうする?」


「昨日感じた魔力を、手へ集めるつもりで」


「つもり?」


「まずはそれでいいです」


 アレックスが目を閉じる。


 沈黙。


 何も起きない。


 一分。


 二分。


「無理だ」


「もう少しだけ」


「分かった」


     ◇◇◇


 さらに集中する。


 すると。


 ぽっ。


「……!」


 水晶の中心に、ごく小さな光が灯った。


「兄様!」


「光った?」


「はい!」


 アレックスが目を開ける。


 集中が切れ、光も消えた。


「あ……」


「大丈夫です!」


「今できました!」


 アレックスは水晶を見る。


 そして――。


 ゆっくり笑った。


「本当に僕にもできた」


「もちろんです!」


     ◇◇◇


 それから毎晩。


 十分。


 二十分。


 長くても三十分。


 二人は魔力操作を続けた。


 三日目。


 水晶を安定して光らせる。


 五日目。


 右手へ魔力を集める。


 七日目。


 右手から左手へ。


「……動いた!」


「はい!」


「これが魔力操作か」


「そうです!」


 アレックスは嬉しそうだった。


     ◇◇◇


 だが。


 アルスは別のことを考えていた。


(これ、順番にした方が分かりやすい)


 第一段階。


 魔力を感じる。


 第二段階。


 一か所へ集める。


 第三段階。


 移動させる。


 第四段階。


 一定量を保つ。


 第五段階。


 魔法発動へつなげる。


「兄様」


「なに?」


「ちょっと待ってください」


 アルスは紙を取り出した。


     ◇◇◇


 そこへ簡単な図を書く。


 人の身体。


 胸の辺りに丸。


 そこから腕へ矢印。


「何それ?」


「練習の順番です」


 アレックスが覗き込む。


「今まで僕、感覚で説明してたから」


「すごく分かりにくかったです」


「自分で言うんだ」


「事実なので」


     ◇◇◇


 アルスは続きを書く。


 一。


 呼吸を整える。


 二。


 魔力を感じる。


 三。


 手へ集める。


 四。


 左右へ移動。


 五。


 一定量を維持。


「こうすれば、どこまでできるか分かります」


「確かに」


 アレックスは頷いた。


「今日は三まで」


「明日は四」


「無理なら戻る」


「はい!」


 教える側。


 教わる側。


 どちらにとっても分かりやすくなった。


     ◇◇◇


 数日後。


 父カインも訓練の様子を見に来た。


「アレックス」


「はい、父上」


「見せてみなさい」


 アレックスが水晶へ手を乗せる。


 ゆっくり集中。


 淡い光が灯る。


 一定。


 以前のようにすぐ消えない。


「ほう」


 父が感心する。


「かなり安定したな」


「アルスが教えてくれました」


「僕だけじゃありません」


 アルスはすぐに言う。


「リーナ先生にも教えてもらいました」


 父は二人を見る。


     ◇◇◇


「アルス」


「はい?」


「人へ教えるのはどうだった?」


「難しかったです」


「何が?」


「僕が普通にできることでも」


「兄様には分からないことがありました」


「それで?」


「順番に分けました」


「ほう」


 父はアルスが作った紙を見る。


     ◇◇◇


「なるほど」


「魔力操作の訓練手順か」


「まだ兄様でしか試してません」


「それでいい」


「え?」


「まず一人」


「そこで問題を見つける」


「直して」


「また試す」


 アルスは思わず笑った。


「農具みたいですね」


「何事も似たところがあるものだ」


     ◇◇◇


 父は少しだけ真剣になった。


「ただし」


「この方法をすぐ領内へ広める必要はない」


「どうしてですか?」


「魔法は農具とは違う」


「扱いを誤れば、人を傷つける」


 アルスの表情が引き締まる。


「教える相手」


「教える場所」


「安全管理」


「それを整えてからだ」


「……はい」


     ◇◇◇


 また安全。


 包丁でも学んだ。


 技術が便利だからといって。


 すぐ広めていいわけではない。


「まず兄様と続けます」


「それでいい」


     ◇◇◇


 その日の午後。


 鍛冶場ではゴルンが釘を作っていた。


 カン!


 カン!


 アルスが隣から眺める。


「ゴルンさん」


「なんだ?」


「人に教えるのって難しいですね」


「急になんだ?」


「兄様に魔力操作を教えてるんです」


「ほう」


「僕が分かることでも、兄様には分からなくて」


 ゴルンは笑った。


「だから職人の弟子入りは時間かかるんだ」


     ◇◇◇


「俺が『鉄の色を見ろ』って言う」


「でも初心者は」


「どの赤だよ」


「ってなる」


「あ……」


 自分も昔そうだった。


「だから見本を見せる」


「失敗させる」


「理由を教える」


「またやらせる」


「それを繰り返す」


「魔力操作と同じですね」


「たぶんな」


     ◇◇◇


 夜。


 アルスは手帳を開いた。


 今日の言葉。


 『できることと おしえられることは ちがう』


 その下に。


 『むずかしいことは ちいさく わける』


 さらに。


 今日作った魔力操作の訓練表を眺める。


 一。


 感じる。


 二。


 集める。


 三。


 動かす。


 四。


 保つ。


 五。


 魔法へつなげる。


(もっと分かりやすくできるかな)


 兄一人へ教えただけ。


 まだ体系と呼べるようなものではない。


 けれど。


 アルスは初めて――。


 自分の中にある感覚的な技術を、他人へ伝える形へ変えようとした。


     ◇◇◇


 一方。


 王都中央行政院。


「シュゲール領の報告、また追加です」


「今度は?」


「領主家子弟の魔力教育に関する記録……いや」


 ロイドが紙を見る。


「これはまだ領内資料だな」


「中央案件ではありません」


「なら戻せ」


「はい」


 何でも王都へ行くわけではない。


 今はまだ。


 兄弟二人の小さな訓練。


 それだけでいい。


     ◇◇◇


 しかし。


 魔力を感じる。


 集める。


 動かす。


 保つ。


 そして魔法へ。


 アルスが何気なく作った五段階の訓練法。


 それは遠い将来。


 シュゲール領で行われる魔法教育の基礎へ発展していくことになる。


 だが今はまだ――。


「アルス」


「なに、兄様?」


「今日もやるぞ」


「もちろんです」


 二人の少年が。


 夜の学習室で一つの水晶を囲みながら。


 淡い光が少しずつ強くなるのを見て。


 笑っているだけだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。