第79話 剣と魔法の成長確認
百本の釘を作り終えてから、数日。
アルスの日常は少しだけ落ち着きを取り戻していた。
朝は剣術。
午前は勉強。
午後は鍛冶。
その合間に魔法。
夜は魔力操作と身体操作。
忙しい。
だが、アルス本人は不思議と嫌ではなかった。
むしろ。
(毎日できることが増えてる)
それが楽しかった。
◇◇◇
そんなある朝。
「アルス」
父カインが訓練場で声を掛けた。
「今日は少し、今のお前がどこまでできるか見せてもらおう」
「今の僕?」
「ああ」
父の隣には、兄アレックス。
さらに家庭教師リーナもいる。
「剣術」
「魔法」
「それぞれ一度、成長を確認する」
アルスは少し緊張した。
「試験みたいなものですか?」
「試験ではない」
父は笑う。
「できないことを見つけるための確認だ」
「……それなら少し安心しました」
◇◇◇
最初は剣術。
相手は兄アレックス。
「手加減はする」
「ありがとうございます」
「でも油断するなよ」
「はい!」
二人は木剣を構える。
父が一歩下がった。
「始め!」
アレックスが踏み込む。
速い。
アルスは真正面から受けない。
半歩ずれる。
木剣を斜めに合わせる。
カンッ!
「おっ」
兄の一撃を流す。
そのまま前へ出る。
しかし――。
「甘い!」
アレックスが体勢を立て直す。
横薙ぎ。
アルスは腰を落とした。
ヒュッ!
木剣が頭上を通る。
(今!)
踏み込む。
胴へ一撃。
だが。
カッ!
兄の木剣が受け止めた。
「惜しい!」
◇◇◇
そこから数合。
アルスは前世の身体操作を活かしながらも、五歳の身体で無理をしない。
足運び。
重心移動。
力を流す。
相手の動きを見る。
以前より、明らかに動けている。
だが――。
体格差。
筋力差。
経験差。
それは簡単には埋まらない。
「そこ!」
アレックスが踏み込み。
コツン。
アルスの肩へ木剣が触れた。
「参りました」
アルスは木剣を下ろした。
◇◇◇
「どうだった?」
父が尋ねる。
「まだ兄様には勝てません」
「それはそうだ」
アレックスが苦笑する。
「僕が負けたら困る」
父も笑った。
「だがアルス」
「はい?」
「動きはかなり良くなった」
「力で受ける癖も減った」
「ありがとうございます」
それだけで嬉しい。
◇◇◇
「次は魔法だ」
場所を魔法訓練場へ移す。
的がいくつか並べられている。
リーナが説明する。
「今日は威力を見るのではありません」
「四属性を続けて使い、どれだけ安定して制御できるか確認します」
「分かりました」
まず火。
アルスは手を前へ出す。
「《ファイアー》」
小さな炎。
大きすぎない。
一定。
「維持してください」
「はい」
三秒。
五秒。
十秒。
「消して」
炎が静かに消える。
◇◇◇
「次、水」
「《ウォーターボール》」
水球が浮かぶ。
今度は形を崩さず維持。
「次、風」
「《エアーフィールド》」
一定方向へ風が流れる。
紙片が同じ角度で揺れる。
「次、土」
「《ロックツブテ》」
小石が浮く。
落とさない。
暴れさせない。
ゆっくり地面へ戻す。
◇◇◇
リーナが目を細めた。
「……かなり安定しています」
父もアルスを見る。
「疲れたか?」
「少しだけ」
本当はもっといける。
でも――。
(ここで出しすぎるのはまずい)
アルスは自分を抑えた。
父の前だからこそ。
少しずつ。
自然に。
◇◇◇
だがカインは気付いていた。
完全ではないにしても。
この子は、何かを隠している。
「アルス」
「はい?」
「お前は」
少し間を置いて。
「どこまでできる?」
その一言に。
アルスの心臓が跳ねた。
◇◇◇
「どこまで……ですか?」
「ああ」
父の声は優しい。
責めているわけではない。
ただ。
知りたい。
そういう声だった。
「魔法も」
「剣術も」
「お前はいつも、少し余裕を残しているように見える」
リーナも静かに聞いている。
アレックスも驚いた顔でアルスを見る。
(やっぱり……気付いてた)
◇◇◇
アルスは少し迷った。
全部言うべきか。
転生者であること。
前世の知識。
神から与えられた特典。
それはまだ怖い。
でも。
家族には、いつか話したいとも思っている。
「……少しだけ」
アルスは正直に答えた。
「少しだけ、今よりできます」
父の表情は変わらない。
「どのくらい?」
「自分でも、まだ分かりません」
それも本当だった。
◇◇◇
「魔力操作は?」
「……毎晩やってます」
アレックスが驚く。
「毎晩?」
「うん」
「いつから?」
アルスは少し困った。
「ずっと前から」
リーナが目を見開く。
父は静かに息を吐いた。
「そうか」
怒られる。
一瞬、そう思った。
しかし。
◇◇◇
「アルス」
「はい」
「隠していたことを責めるつもりはない」
「……本当ですか?」
「ああ」
父は近づき、アルスの頭へ手を置く。
「ただし」
「一人で無理をするな」
「何かあれば話せ」
「家族なんだからな」
アルスは一瞬。
何も言えなかった。
◇◇◇
そして。
「……はい」
小さく頷いた。
「お父様」
「なんだ?」
「いつか」
「ちゃんと全部話します」
父は少し驚いた。
しかしすぐに微笑んだ。
「待っている」
◇◇◇
その日の訓練は、そこで終わった。
兄アレックスが歩きながら声を掛ける。
「アルス」
「なに、兄様」
「毎晩魔力操作してたの、ずるい」
「ずるい?」
「僕も今日からやる」
「……一緒にやります?」
「いいのか?」
「もちろん」
兄弟は顔を見合わせて笑った。
◇◇◇
午後。
鍛冶場。
「今日はどうだった?」
ゴルンが尋ねる。
「剣と魔法の確認でした」
「結果は?」
「まだまだです」
「そうか」
ゴルンはそれ以上聞かない。
「なら、こっちもまだまだだ」
槌を一本渡す。
「釘三十本」
「今日は百本じゃないんですね」
「昨日腕パンパンだったろ」
「見てたんですか?」
「職人なめんな」
◇◇◇
夜。
アルスは自室で手帳を開いた。
今日の言葉。
『できることを かくしても かぞくは みている』
少し考え。
さらに。
『いつか ぜんぶ はなす』
その言葉を書き終えたあと。
アルスはしばらく手帳を見つめていた。
◇◇◇
前世。
転生。
神。
全属性魔法。
鑑定。
身体操作。
魔力操作。
それらをいつか家族へ話す。
まだ怖い。
でも。
今なら。
少しずつなら。
話せる気がした。
◇◇◇
その頃。
王都中央行政院では。
「ロイド」
「なんだ?」
「シュゲール領の追加資料、また来たぞ」
「今度は何だ?」
「農具規格と工房工程の件」
ロイドは書類を受け取る。
そして一番上にある名前を見る。
アルス・シュゲール。
「またこの子か……」
小さく笑う。
まだ。
王へ報告するほどではない。
だが。
確実に。
名前が積み重なっている。
◇◇◇
一方。
アルス本人は。
そんなことなど知らない。
今考えているのは。
明日の剣術。
魔法。
鍛冶。
そして――。
家族へいつか全部を話す日。
ただそれだけ。
けれど。
この日。
父カインは初めて。
息子が自分の想像以上の力を持っていると、はっきり認識した。
そしてアルス自身も。
初めて。
家族へ秘密を話す未来を、現実のものとして考え始めた。
それは。
王都へ広がる噂とは別の。
もっと大切な。
家族の中で進み始めた、小さな一歩だった。




