第8話 数字と計算
家庭教師リーナとの勉強が始まってから、一か月が過ぎた。
アルスは毎日少しずつ、この世界の文字を覚えていた。
もちろん、覚えていることをすべて見せることはしない。
一歳の子どもとして、不自然にならないよう加減しながら学んでいる。
「アルス様、おはようございます。」
今日もリーナ先生が笑顔で部屋へやって来た。
「あぅ!」
俺も笑顔で迎える。
「今日は文字ではなく、数字で遊びましょう。」
(数字か。)
前世では当たり前のように使っていたものだ。
しかし、この世界ではどのような表記なのか興味があった。
◇◇◇
机の上には木札が並べられる。
それぞれに数字が刻まれていた。
「これは『一』。」
「こちらが『二』。」
「そして『三』です。」
数字の形は前世とは違う。
だが、規則性は分かりやすい。
(なるほど。)
(文字と同じで覚えればいいだけだ。)
リーナ先生は木の実を一つ置く。
「一つ。」
さらにもう一つ置いた。
「二つ。」
最後にもう一つ。
「三つ。」
「数えられますか?」
俺は木の実を順番に指差す。
「あ……。」
「う……。」
「お……。」
まだ言葉にはならない。
それでも先生は嬉しそうに笑った。
「上手ですよ。」
「ちゃんと数えようとしていますね。」
(本当はもっとできるけどね。)
前世では暗算もできた。
だが、今それを見せれば間違いなく驚かれる。
だから焦らない。
"少し賢い子"くらいがちょうどいい。
◇◇◇
午後。
勉強が終わると、父カインが書斎から姿を見せた。
「今日は何を習ったんだ?」
リーナ先生が微笑む。
「数字です。」
「物覚えが本当に良く、一度見たものをよく覚えてくださいます。」
「ほう。」
父は俺を抱き上げた。
「勉強が好きか?」
「あぅ!」
元気よく返事をすると、父は優しく笑う。
「無理をする必要はない。」
「遊びながら覚えていけばいい。」
その言葉に、俺は心の中で感謝した。
(この人は、本当に子どもの気持ちを大切にしてくれる。)
跡継ぎではない俺にも、決して期待を押し付けない。
だからこそ、自分も期待に応えたいと思える。
◇◇◇
「アルスー!」
部屋の扉が勢いよく開く。
今日もエルゼだ。
「先生! アルスは賢かった?」
「ええ、とても。」
「やっぱり!」
なぜか自分のことのように喜んでいる。
そこへアレックスもやって来た。
「姉さん、自分が褒められたみたいになってるよ。」
「だって弟だもん!」
「それはそうだけど。」
二人のやり取りに部屋中が笑いに包まれる。
エルゼは俺の前へ積み木を並べた。
「これは一個!」
もう一つ置く。
「二個!」
「これは?」
俺は二つの積み木を交互に見て、小さく手を叩いた。
パンッ。
「えっ?」
エルゼが驚く。
「もしかして……二って分かった?」
リーナ先生も少し目を丸くした。
「偶然かもしれませんが、数字と数を結び付け始めているようですね。」
父は嬉しそうに頷いた。
「無理をさせず、このまま伸ばしてやってくれ。」
「かしこまりました。」
◇◇◇
夜。
今日も静かに魔力を循環させる。
一年と数か月。
毎日続けてきた鍛錬は、確実に成果を生んでいた。
魔力の流れは以前よりも滑らかで、少量なら自在に操れるようになっている。
(数字も覚えた。)
(文字も少しずつ読めるようになってきた。)
知識は武器だ。
魔法も鍛冶も、正しい知識があってこそ大きな力になる。
そしてもう一つ。
この世界には、まだ俺が知らないことが山ほどある。
(もっと学ぼう。)
(もっと知ろう。)
焦ることはない。
一歩ずつ積み重ねれば、いつか必ず夢へ近づける。
そんなことを考えながら、アルスは穏やかな眠りへと落ちていった。




