表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『伯爵家次男に転生した俺は、前世の知識で世界を変えていく』  作者: バモス
第一章 幼少期編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
64/76

第64話 二号鍬

 北の村で試作品第一号を試してもらった翌日。


 アルスは朝から鍛冶場の作業台へ向かっていた。


 目の前には、一枚の紙。


 そこには昨日、農民たちから聞いた意見がびっしりと書き込まれている。


 軽くて疲れにくい。


 柄が長く、腰への負担が少ない。


 柔らかい土なら使いやすい。


 しかし――。


 硬い土には刃が入りにくい。


 開墾には軽すぎる。


 そして、もう一つ。


 何種類も買うのは負担になる。


「うーん……」


 アルスは腕を組んだ。


 性能だけなら、用途別に三種類ほど作れば解決できる。


 だが農民に三本買ってもらうとなれば、それだけ費用が掛かる。


(便利でも、買えなかったら意味がない)


 アルスは昨日の少女の言葉を思い出す。


『お父さん、楽になる?』


「……よし」


 紙を持って立ち上がった。


「二号を作ろう」


     ◇◇◇


「おはようございます、ゴルンさん!」


「おう」


 ゴルンは炉へ木炭を入れながら振り返った。


「朝から随分やる気だな」


「二号鍬を考えてきました!」


「ほう?」


 作業台へ紙を広げる。


 ゴルンも手を止めて覗き込んだ。


「昨日の問題は分かってるな?」


「はい」


 アルスは一号鍬を指差す。


「軽くしすぎました」


「正確には?」


 アルスは少し考える。


「……必要なところまで軽くしてしまいました」


 ゴルンがニヤリと笑った。


「そういうことだ」


     ◇◇◇


 ゴルンは従来型の鍬と一号鍬を並べた。


「坊ちゃん」


「こいつを持ってみろ」


「はい」


 まず従来型。


「重いです」


「次」


 一号鍬。


「こっちは軽いです」


「じゃあ、どこが重い?」


「え?」


「道具の重さってのは、全部同じ場所に掛かってるわけじゃねぇ」


 ゴルンは鍬の柄を指一本で支えながら、ゆっくり位置を変えていく。


 ある一点で鍬が水平になった。


「ここが釣り合う場所だ」


 アルスの目が大きくなる。


(重心!)


 前世では当たり前に知っていた言葉。


 だが、実物を使って説明されるとよく分かる。


「一号鍬は……」


 アルスも同じことを試す。


「こっちですね」


「ああ」


 従来型と比べると、重心が手元側へ寄っている。


 刃そのものを軽くしたためだ。


「だから振りやすい代わりに、土へ食い込ませる力が弱くなった」


「だったら――」


 アルスは顔を上げた。


「刃の近くを少し重くすればいい?」


「試してみる価値はある」


     ◇◇◇


 二号鍬の設計が始まった。


 一号鍬の良いところは残す。


 全体重量は従来型より軽くする。


 柄も長め。


 腰を必要以上に曲げなくていい角度も維持する。


 その代わり――。


「刃の中央を少し厚くする」


 アルスが紙へ線を引く。


「先端側に重さを残すんだな」


「はい」


「でも重くしすぎたら、一号を作った意味がありません」


「そうだな」


 二人は何度も一号鍬と従来型を見比べた。


     ◇◇◇


「あと、これなんですけど」


 アルスは柄と刃の接続部分を指差した。


「ここ、壊れたらどうするんですか?」


「普通は工房へ持ってきて直す」


「刃が駄目になったら?」


「状態によるな。打ち直すか、交換する」


 アルスは考える。


(だったら……)


「最初から交換しやすくできませんか?」


「交換?」


「刃だけ駄目になった時に、柄まで捨てるのはもったいないです」


 ゴルンの表情が変わる。


「続けろ」


「同じ取り付け部分にしておけば、新しい刃だけ付けられます」


 アルスは以前作った釘の基準板を思い出していた。


 同じ寸法。


 同じ形。


 交換可能な部品。


「……なるほどな」


 ゴルンは顎髭を撫でる。


「柄が折れたら柄だけ」


「刃が駄目なら刃だけ」


「はい」


「全部買い直さなくて済みます」


     ◇◇◇


 ゴルンはしばらく黙っていた。


「坊ちゃん」


「はい?」


「お前、売る側としては商売下手だぞ」


「え?」


「丸ごと買い替えてもらった方が儲かる」


「あ……」


 アルスは固まった。


 ゴルンは大笑いした。


「はっはっはっは!」


「冗談だ!」


「良い職人は客を騙して儲けたりしねぇよ」


 アルスは胸を撫で下ろす。


「びっくりしました……」


「だがな」


 ゴルンは少し真面目になる。


「安く長く使える物を作るって考えは悪くねぇ」


「農民にとっちゃ、農具は毎日の生活そのものだからな」


     ◇◇◇


 設計がまとまった。


 二号鍬。


 従来品より軽量。


 一号鍬より刃側へ重心を寄せる。


 柄は長め。


 接続部の寸法を統一。


 刃と柄を別々に交換できる。


「よし」


 ゴルンが革手袋をはめる。


「作るぞ」


「はい!」


     ◇◇◇


 炉へ鉄を入れる。


 ゴォォォ……。


 ふいごが空気を送り込み、木炭の温度が上がっていく。


 黒い鉄が赤くなり。


 赤から橙へ。


「坊ちゃん」


「はい」


「色は?」


 アルスはじっと見る。


「まだ少し暗いです」


「もう少し待て」


 やがて――。


「今です」


「よし」


 ゴルンが鉄を取り出した。


 カァン!


 カン!


 カン!


 力強い槌音が響く。


 中央には厚みを残す。


 左右は薄く。


 刃先へ必要な重量を持たせる。


「坊ちゃん!」


「はい!」


 アルスも小さな槌を握る。


 身体操作で姿勢を整える。


 足。


 腰。


 肩。


 腕。


 すべてをつなげる。


 カン!


「もっと真っ直ぐ!」


「はい!」


 カン!


「鉄を見ろ!」


「はい!」


 カン!


     ◇◇◇


 作業は何時間も続いた。


 もちろん、アルスが担当できるのは一部だけだ。


 まだ五歳。


 体力も技術もゴルンには遠く及ばない。


 それでも、自分が考えた道具が形になっていく。


 それだけで胸が高鳴った。


 そして――。


「できたぞ」


 ゴルンが完成した鍬を作業台へ置いた。


「これが……二号」


 アルスは目を輝かせる。


 一号鍬と並べる。


 見た目には大きな違いはない。


 しかし持ってみると――。


「あっ」


 アルスは驚いた。


「刃の方が重く感じます」


「全体重量は?」


「一号より少し重い……でも、最初の鍬より軽いです」


「狙い通りだな」


     ◇◇◇


 さらにゴルンは接続部分を確認する。


「こっちも悪くねぇ」


 柄を取り外す。


 そして別に用意した同じ寸法の柄を取り付ける。


「付いた!」


「まだ多少の調整は必要だがな」


 アルスは嬉しそうに笑った。


「壊れても交換できます!」


「その代わり――」


 ゴルンが指を一本立てる。


「同じ寸法で作らなきゃならん」


「あ」


「昨日の釘と同じだ」


「規格……」


 アルスが小さく呟く。


「なんだ?」


「い、いえ」


 まだこの世界では聞き慣れない言葉だ。


 だが確実に、アルスの中では一つの考えとして形になり始めていた。


     ◇◇◇


 翌日。


 屋敷近くの畑を借り、二号鍬を試すことになった。


 ゴルンが振り下ろす。


 ザクッ!


「おっ」


 土へ深く入った。


 もう一度。


 ザクッ!


「一号よりいいな」


 アルスも嬉しそうに頷く。


「軽さは?」


「元の鍬より楽だ」


「やった!」


「まだ喜ぶな」


「え?」


「使うのは俺じゃねぇ」


 ゴルンは二号鍬を肩へ担いだ。


「農民に使ってもらって初めて合格だ」


 アルスはハッとする。


 そして大きく頷いた。


「はい!」


     ◇◇◇


 その日の午後。


 父カインへ二号鍬を見せた。


「これが改良版か」


「はい、お父様」


 父は柄と刃の接続部分を興味深そうに見る。


「ここを交換できるのか?」


「はい」


「壊れたところだけ交換すれば、全部買い直さなくて済みます」


「なるほど」


 カインはしばらく考え込んだ。


「価格は?」


「…………」


 アルスが止まる。


 ゴルンが笑いを堪えている。


「まだ考えてませんでした」


「では、それも考えなければならないな」


「はい……」


     ◇◇◇


 父は椅子へ座る。


「アルス」


「便利な物を作ることは素晴らしい」


「だが、それを必要とする人が手にできなければ意味がない」


「はい」


「材料費」


「職人の賃金」


「販売価格」


「修理費」


「それらも考えて初めて、領民の生活に根付く道具になる」


 アルスは真剣に頷いた。


(作るだけじゃ駄目なんだ)


 前世では店へ行けば商品が並んでいた。


 しかし、その裏側には材料を用意する人。


 作る人。


 運ぶ人。


 売る人。


 多くの人々がいる。


     ◇◇◇


「ゴルンさん」


 翌日。


 アルスは再び鍛冶場へ来ていた。


「この鍬、一つ作るのにどれくらい掛かりますか?」


「材料か?」


「全部です」


 ゴルンは少し驚いた。


「旦那様に何か言われたな?」


「はい」


「はっはっは!」


 だがゴルンはきちんと説明してくれた。


 鉄。


 木材。


 木炭。


 作業時間。


 職人の手間。


 アルスは一つずつ紙へ書いていく。


「鉄を使う量は減ってる」


「はい」


「その分、材料代は少し安くなる」


「でも接続部分を正確に作る必要があるから、手間は増える」


「なるほど……」


 安くする。


 丈夫にする。


 作りやすくする。


 すべてを同時に満たすのは難しい。


(ものづくりって、本当に奥が深い)


     ◇◇◇


 それから数日。


 ゴルンとアルスは二号鍬をさらに数本製作した。


 すべて同じ寸法になるよう、木製の基準板も作る。


 刃用。


 柄用。


 接続部用。


 これなら同じ部品を作りやすい。


 そして――。


「できた」


 試験用の二号鍬が並んだ。


 一本。


 二本。


 三本。


 五本。


 アルスは嬉しそうに眺める。


「北の村へ持っていけますね」


「ああ」


「今度こそ合格するといいな」


「はい!」


     ◇◇◇


 夜。


 アルスは机へ向かっていた。


 目の前には二号鍬の簡単な設計図。


 その横には――。


 一号鍬で分かった問題点。


 二号鍬で変更した部分。


 材料費。


 修理方法。


 そして販売価格についてのメモ。


 五歳児の机とは思えない有様だった。


 アルスは手帳を開く。


 今日の言葉を書く。


 『いいどうぐは ながく つかえる』


 高性能なだけでは駄目。


 丈夫なだけでも駄目。


 安いだけでも駄目。


 使いやすく。


 壊れたら直せて。


 必要な人が買える。


 それが本当に良い道具なのかもしれない。


(今度こそ、みんなに喜んでもらえるといいな)


 アルスは二号鍬の設計図を見ながら微笑んだ。


 まだ世界を変えるほどの発明ではない。


 魔法の武器でもない。


 伝説の金属を使ったわけでもない。


 ただの――鍬。


 しかし。


 領民の声を聞き。


 失敗を受け入れ。


 職人と知恵を出し合い。


 価格や修理まで考えて作られたその鍬は――。


 アルスが初めて「暮らしそのもの」を考えて生み出した道具だった。


 そして数週間後。


 この二号鍬が北の村の畑へ広がり始めることで――。


 シュゲール伯爵領に、小さな変化が起き始めることになる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ