表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『伯爵家次男に転生した俺は、前世の知識で世界を変えていく』  作者: バモス
第一章 幼少期編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
59/70

第59話 初めての鉄打ち

 鍛冶場で本格的な修行を始めてから、数日が経った。


 その間、アルスがやっていたことといえば――。


 炉を見る。


 木炭を運ぶ。


 道具を磨く。


 鉄の色を観察する。


 ゴルンが槌を振る音を聞く。


 ただ、それだけだった。


 だがアルスは文句一つ言わなかった。


 むしろ毎日、楽しそうに鍛冶場へ通っていた。


 前世でも知っている。


 基礎を疎かにする者に、良い仕事はできない。


 そして今日――。


「坊ちゃん。」


 ゴルンが一本の小さな槌を持ってきた。


「今日は鉄を打ってみるか?」


 アルスの瞳が大きく輝いた。


「はい!」


     ◇◇◇


 ゴルンが用意したのは、細く短い鉄棒だった。


 貴重な素材ではない。


 鍛冶の練習に使う、ごく普通の鉄だ。


「まずは俺がやる。」


 ゴルンは鉄棒を炉へ入れた。


 木炭が燃える。


 炎が揺れる。


 そして鉄が少しずつ色を変えていく。


 黒。


 暗い赤。


 赤。


 そして――橙色。


「今だ。」


 ゴルンが鉄を取り出す。


 鉄床へ置き――。


 カァン!


 一度だけ槌を振り下ろした。


「坊ちゃん。」


「今度はお前だ。」


「はい。」


 アルスは革手袋をしっかりとはめた。


 そして小さな槌を両手で握る。


 ずしり。


 五歳の体には、やはり重い。


 だが――。


(腕だけで持たない。)


 昨日教わったことを思い出す。


 足。


 腰。


 背中。


 肩。


 腕。


 体全体をつなげる。


 神から授かった《身体操作》を頼り切るのではなく、ゴルンから教わった基本に忠実に構える。


「いい構えだ。」


 ゴルンが小さく頷いた。


「やってみろ。」


「はい!」


 アルスは槌を振り下ろした。


 カンッ!


「……あれ?」


 鉄はほとんど変形していなかった。


     ◇◇◇


「はっはっは!」


 ゴルンが豪快に笑う。


「最初なんてそんなもんだ!」


「もう一回だ!」


「はい!」


 アルスは再び槌を振る。


 カン!


 今度は少しだけ鉄が潰れた。


「おっ。」


 アルスの顔が明るくなる。


「変わりました!」


「だろ?」


「だが喜ぶのはまだ早ぇぞ。」


 ゴルンが鉄を指差した。


「よく見ろ。」


 アルスは鉄を見る。


「あ……。」


 片側だけが大きく潰れている。


「真っ直ぐ叩いたつもりでも、槌が斜めに入ってる。」


「鉄は正直だ。」


「打ち方が悪けりゃ、そのまま形に出る。」


「なるほど……。」


     ◇◇◇


 アルスはもう一度構えた。


(力じゃない。)


(正確に。)


 呼吸を整える。


 槌を上げる。


 そして――。


 カン!


「そうだ。」


 カン!


「焦るな。」


 カン!


「鉄を見ろ。」


 ゴルンの声に合わせて、アルスは鉄を打つ。


 だが。


「熱が下がった。」


 ゴルンが止める。


「まだ叩けそうですけど……。」


「そこで欲張るな。」


 ゴルンは鉄を炉へ戻した。


「冷えた鉄を無理に叩けば、思ったように伸びねぇ。」


「鍛冶師は鉄に自分を合わせるんだ。」


 アルスは真剣に頷く。


「はい。」


     ◇◇◇


 再び鉄を熱する。


 その間、アルスはじっと炎を見つめていた。


(前世でも同じだったな。)


 日本刀鍛冶でも、鉄の温度を見ることは極めて重要だった。


 現代のような温度計に頼らず、炎や鉄の色から判断する。


 そして将来――。


(砂鉄から玉鋼を作るなら、この感覚は絶対に必要になる。)


 たたら製鉄。


 三日三晩、砂鉄と木炭を投入し続け、ケラを生み出す日本古来の製鉄法。


 この世界には砂鉄がある。


 木炭もある。


 粘土もある。


 条件は揃っている。


 だが、今の自分にはまだ早い。


(まずは普通の鉄を扱えるようにならないと。)


     ◇◇◇


 昼近くまで練習を続けた。


 そして――。


「できた……。」


 アルスの前には、小さな鉄板が置かれていた。


 形は少しいびつ。


 厚さも均一ではない。


 決して良い作品とは呼べない。


 だが。


 アルスが自分の手で、初めて鉄を打って作ったものだった。


「どうですか?」


 ゴルンは腕を組みながら鉄板を見る。


「下手だ。」


「うっ……。」


「厚さもバラバラ。」


「形も歪んでる。」


「はい……。」


 アルスの肩が落ちる。


 しかし。


「だが――」


 ゴルンはニッと笑った。


「初めてなら上出来だ。」


 アルスが顔を上げる。


「本当ですか?」


「ああ。」


「それに坊ちゃんは、失敗した時に鉄を見て考えてた。」


「職人にとって一番大事なのはそこだ。」


     ◇◇◇


「失敗した理由を考える。」


「次はどうすればいいか考える。」


「それを何百回、何千回と繰り返す。」


 ゴルンは自分の槌を持ち上げた。


「職人ってのは、そうやって腕を作るんだ。」


 アルスは自分の小さな槌を見る。


「何千回……。」


「嫌か?」


「いいえ。」


 アルスは笑った。


「楽しみです。」


 一瞬。


 ゴルンが目を丸くした。


 そして――。


「はっはっはっは!」


 鍛冶場いっぱいに笑い声が響いた。


「やっぱり坊ちゃんは鍛冶師向きだ!」


     ◇◇◇


 午後。


 アルスは出来上がった鉄板を持って屋敷へ戻った。


 すると真っ先にエルゼが気付いた。


「アルス、それ何?」


「今日、作ったんです。」


「鉄?」


「はい。」


 エルゼは鉄板を受け取る。


「すごい!」


「アルスが作ったの!?」


「まだ失敗作です。」


「そんなことないよ!」


 エルゼは大切そうに鉄板を持つ。


「アルスが初めて作ったんでしょ?」


「だったら宝物だよ!」


「お姉様……。」


 そこへアレックスもやって来る。


「本当に鉄を打ち始めたんだね。」


「はい、兄様。」


「手は大丈夫?」


「大丈夫です。」


「なら良かった。」


 兄は優しく頭を撫でてくれた。


     ◇◇◇


 夕食の席。


 父カインも鉄板を手に取っていた。


「これが今日の成果か。」


「はい。」


「上手にはできませんでした。」


 父は鉄板を眺めた後、静かに言った。


「アルス。」


「最初から上手にできる必要はない。」


「今日できなかったことが、明日少しできるようになる。」


「その積み重ねが成長だ。」


「はい、お父様。」


 アルスは力強く頷いた。


     ◇◇◇


 夜。


 アルスは今日も魔力操作と身体操作を終える。


 しかし今日は、いつもより腕が重かった。


「ちょっと筋肉痛かな……。」


 五歳の体なのだ。


 当然といえば当然だった。


 無理をしてはいけない。


 それも身体操作を学んだからこそ分かる。


 机の上には、今日作った小さな鉄板。


 アルスはそれを見ながら手帳を開いた。


 そして書く。


 『しっぱいは つぎの いっぽ』


 一度で成功する必要はない。


 失敗したら考える。


 そして、もう一度挑戦する。


 そうやって少しずつ成長すればいい。


 剣術も。


 魔法も。


 鍛冶も。


 すべて同じだ。


 アルスは鉄板を手に取った。


(いつか――。)


 この小さな手で。


 農民たちが使いやすい農具を。


 料理人が喜ぶ包丁を。


 そしていつの日か――。


 この世界には存在しない、玉鋼から鍛えた日本刀を。


 作ってみせる。


 だが、それはまだ少し先の話。


 今は一振りずつ。


 一打ちずつ。


 少年アルスは、確実に鍛冶師への道を歩み始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ