第56話 五歳の誕生日
月日は穏やかに流れた。
春が過ぎ、夏が訪れ、秋には黄金色の麦が実り、冬には屋敷の庭を白い雪が包んだ。
そして再び春――。
アルス・シュゲールは、五歳の誕生日を迎えた。
◇◇◇
朝。
目を覚ましたアルスは、いつものように身支度を整え、食堂へ向かう。
扉を開けた、その瞬間だった。
「「「お誕生日おめでとうございます!」」」
食堂いっぱいに祝福の声が響く。
「えっ……!」
テーブルには豪華な料理が並び、色とりどりの花が飾られていた。
父カイン。
母エリザ。
兄アレックス。
姉エルゼ。
そして家令ライムをはじめ、執事レイムや使用人たちまで、皆が笑顔でアルスを迎えていた。
「お誕生日おめでとう、アルス。」
父が穏やかに微笑む。
「おめでとうございます。」
母は優しくアルスを抱きしめた。
「ありがとうございます!」
アルスは少し照れながら頭を下げた。
◇◇◇
朝食の後、家族から贈り物が手渡される。
父カインからは、小ぶりな木剣。
「これから本格的な剣術を学ぶお前に贈る。」
「大切に使いなさい。」
アルスは両手で受け取った。
「ありがとうございます、お父様!」
母エリザからは、丈夫な革の手袋。
「鍛冶や畑仕事で手を傷つけないように。」
「はい、お母様。」
アレックスからは、一冊の本。
『剣士の心得』
「僕が子どもの頃に読んだ本だ。」
「きっと役に立つよ。」
「ありがとう、兄様。」
エルゼは胸を張って、小さな袋を差し出した。
「これは私から!」
中には手作りのお守りが入っていた。
「アルスが怪我をしませんようにって願いを込めたの。」
「すごく嬉しい。」
アルスはお守りを胸に抱きしめた。
◇◇◇
昼過ぎ。
屋敷の中庭では、使用人たちも集まり、小さなお祝いの席が開かれた。
「アルス様、おめでとうございます。」
「立派に成長されましたね。」
庭師や馬丁、メイドたちも口々に祝福してくれる。
ゴルンも鍛冶場からやって来た。
「坊ちゃん。」
「誕生日おめでとう。」
そう言って差し出したのは、小さな鉄製のペンダントだった。
鉄を叩いて作られた、剣の形をした飾りだった。
「これは……。」
「鍛冶師の見習い第一号ってことでな。」
「いつか本物の剣を作る日まで、大事に持っておきな。」
アルスは深く頭を下げた。
「ありがとうございます、ゴルンさん。」
◇◇◇
夕方。
父カインはアルスを執務室へ呼んだ。
「アルス。」
「今日で五歳になった。」
「はい。」
「これまでは、世界を知るための勉強だった。」
父は静かに立ち上がる。
「だが、これからは違う。」
「剣術。」
「魔法。」
「鍛冶。」
「そして領主としての学び。」
「すべて本格的に始めよう。」
アルスの表情が引き締まる。
「はい、お父様。」
父は優しく微笑んだ。
「焦る必要はない。」
「一歩ずつ積み重ねればいい。」
「お前なら必ず立派に成長できる。」
「ありがとうございます。」
◇◇◇
夜。
誕生日のお祝いも終わり、静かな時間が戻ってきた。
アルスは机の上へ今日もらった贈り物を並べる。
木剣。
革手袋。
本。
お守り。
鉄のペンダント。
どれも家族や仲間の想いが込められた、大切な宝物だった。
いつものように魔力操作と身体操作の鍛錬を終える。
そして手帳を開き、今日の言葉を書いた。
『どりょくは おもいに こたえる』
前世では、一人で努力することが多かった。
だが今は違う。
応援してくれる家族がいる。
支えてくれる使用人たちがいる。
教えてくれる師がいる。
だからこそ、その想いに応えられるよう努力しよう。
アルスは窓の外に輝く満天の星を見上げ、小さく微笑んだ。
五歳になった少年は、新たな決意とともに、少年期という新しい一歩を踏み出したのだった。




